2020年9月12日(土)、13日(日)の両日、愛知県蒲郡市のラグーナ蒲郡において、JJSF全日本選手権シリーズ最終戦が行われた。この大会は、来年3月にタイで行われる「JETSKI WORLD CUP」の出場権を得るためのセレクションレースも兼ねている。世界戦に照準を合わせているライダーにとっては、貴重な実践の場である。
ちなみに、「JETSKI WORLD CUP」のプロランナバウトクラスの優勝賞金は、なんと80,000USドル。日本円にして約850万円だ。この金額だけでも、十分に魅力的である。
この大会は誰でも参加できるわけでなく、各国ごとに参加人数が決まっている。プロランナバウトクラスは、年間ランキングの上位4位までが出場権を得られる。
大会は、土曜日は晴天に恵まれたが、日曜日は、午前中が雨、午後から曇りと変わりやすい天気。海面コンディションは、波のないフラットウォーターであった。
プロランナバウトクラスのタイトルは、ディフェンディングチャンピオン・砂盃 肇が手にした。相変わらず、国内では敵なしの状況は続いている。
今年のシリーズ戦が全て終了したことで、「JETSKI WORLD CUP」の出場権を得られる上位4名が確定した。
順位 | ライダー名(チーム名) |
---|---|
1位 | 砂盃 肇(マリンメカニック) |
2位 | 生駒 淳(#1 pound 1) |
3位 | 中野崇寛(NSP Racing) |
4位 | 田村眞沙充(SMD Racing) |
この大会は、高額の賞金と名誉を求めて、世界中からライダーが集まってくる。勝者は、「世界最速」の称号と、世界中から「尊敬」が集まるのは間違いない。
できれば、日本人選手の中から、世界最高の賞金(日本円に換算して約850万円)を手にするライダーが生まれることを強く望む。
最終戦終了後に、上位4選手と、世界チャンピオン艇を造るマシンコンストラクター、今﨑真幸氏に話を聞くことができた。日本のトップランカーたちは、今、何を思っているのか。
今シーズンは新型コロナの影響で異例ずくめの年であった。自粛要請のため、開幕戦が7月まで延期となり、そこから9月までの3カ月間でシリーズ戦を終えることになった。
プロランナバウトクラスは、ディフェンディングチャンピオン・砂盃 肇が圧巻の強さを見せつけて全日本チャンピオンを獲得。マリンメカニック製のコンプリートマシンも、他のマシンが全く付いて行けないほどの異次元の速さを見せつけた。現在、国内には砂盃の敵はいないと実感するレースとなった。
砂盃は、国内のプロランナバウトクラスで、最もタイトル獲得回数が多い、最強のランナバウトチャンピオンだ。今シーズンの走りを見ると、ますますライダーとしてのスキルに磨きがかかっていた。
それと同時に、長い周回数を高速で走り切っても壊れる気配すらない、マリンメカニック製のマシンに、心からの称賛の言葉を送りたい。
WJS シリーズチャンピオン獲得おめでとうございます。今大会も、ものすごい速さで、2位以下、全員をラップしていました。あれだけリードしていたら、途中でアクセルを緩めようとか、セーブしようとは思わないのですか?
砂盃 ならないです。世界戦の練習も兼ねてレースに参戦していますから。本番でしか得られないデータもあります。「砂盃ばかり勝ってつまらない」と感じるオーディエンスもいるかもしれませんが、自分には大きな意味で、背負っているものが多い。どんな状況下でも、ベストを尽くさなければいけませんからね。
WJS 砂盃プロの走りは、あくまでセーフティですが、同時にスリリングです。見ていてとても楽しいです。レースの序盤で、同じマリンメカニック製のマシンと合流地点でせめぎ合うシーンでも、絶対に引きませんよね。
砂盃 何度も言いますが、背負っているものが多いので引いていられません。それに、今﨑さんのおかげで、手足のように操ることができるマシンに仕上がっているので、とても満足しています。
WJS マシン、ライダーともに、良い仕上りなのですね?
砂盃 はい。今、この瞬間に、世界戦を戦いたいくらいです。
WJS 昔から、砂盃プロを知っていますが、以前よりも、ずっと自信に満ち溢れているように思えます。
砂盃 長いレース人生の中で、世界的にもトップレベルのマシンで戦えていますからね。「レースは蓋を開けるまで分からない」といいますが、世界のライバルチームが、「3月までにこのレベルにまで仕上げられるのか?」と思えるくらいのマシンだと思います。
WJS 砂盃プロがマシンに求める要件は、どういったものですか?
砂盃 パワーは、今﨑さんに言えばすぐに上がります。それよりも、そのパワーを最大限に活かせる足まわりとライディングが重要です。世界戦は何が起こるか分かりませんが、今は最高の状態なので、このままの状況で世界と戦いたいです。
WJS 今大会から、世界戦を戦うニューマシンを投入されています。それは、どのメーカーのマシンですか?
生駒 タイでのレースが来年の3月って発表されましたよね。昨年、世界大会に参戦して、僕が「速いな」と感じたマシンは、日本のマリンメカニックと、フランスのボッティ選手が乗っていた「イージーライダー製のRXP-X」です。それで、世界戦終了後にフランスのイージーライダーでマシンを購入しました。
WJS どうして、最終戦での投入だったのですか? もっと早い段階から、乗ることはできなかったのですか?
生駒 今回、新型コロナの影響で輸送がままならず、フランスに置きっぱなしにしてありました。買ってから1度も乗ってないのも何だし、来月(10月)、アメリカでワールドファイナルの開催も発表されました。なので、今回の最終戦に間に合わせるように、フランスから空輸で送らせました。
WJS 本番用のマシンが届いたことで、砂盃選手とは、本当の意味で今季初のガチンコ対決となりました。結果は1位が砂盃プロでしたが、手応えはありましたか?
生駒 手応えも何も、レース人生の中でこんなに乗れないマシンは初めてです。とにかく乗りにくい。レースに出たというよりは、しがみついていただけ。3年前までRXP-Xでレースに参戦していたので、これに乗れば世界一速いと思っていたのに、馬鹿みたいに速すぎて、レースが終わって3日も経っているのに今も両腕が痛いです。
WJS 毎年、世界戦に出ている生駒プロが泣き言を言うくらい速いのですか?
生駒 イージーライダー製1,730ccスーパーチャージャーエンジンの加速性能は、自分の想像を遥かに超えていました。
WJS 速いマシンにいろいろと乗っている生駒プロでも、このマシンはしんどいのですか?
生駒 はい。でも、土曜日のスタートで、瞬間ですが砂盃さんよりも少し前に出られました。今は自分が乗れないだけで、このマシンを乗りこなすことができれば勝てると思いました。
WJS マシンのポテンシャルは予想どおりでしたが、生駒プロ自身が、これほど乗れないとは思わなかったわけですね?
生駒 そうなんです。アクセルを握るのが苦痛でした。インペラーが全くキャビらない加速って分かりますか? スリップして空回りするタイヤのほうが、動力が逃げて体の負担が少ない。キャビテーションを起こしてきても、そのほうが楽なので、メカニックに「直すな」って感じでレースに出ていました。
WJS せっかく速いマシンを買ったのに、本来の性能が出ていないほうが乗りやすいというのも、すごい話ですね。
生駒 本当です。みんなに乗せて、この苦しみを教えてあげたいです。
WJS このマシンで、アメリカのワールドファイナルを戦うのですか?
生駒 いや、本当はこの大会でニューマシンを投入して感触を確かめて、そのままアメリカに送ってワールドファイナルに参戦するつもりでした。でも、こんなに乗れないんじゃ行っても仕方がないから、アメリカに行くのをやめることにしました。
WJS では、今後の予定はどうされるのですか?
生駒 日本で練習します。このマシンは、「エンジン使用時間が20時間まで」と決められているので、サブエンジンに載せ替えて練習します。
WJS 普通なら、自分が乗りやすいマシンにチェンジするほうが楽なのに、練習してこのマシンを乗りこなすという選択をした生駒プロは、乗りこなせたらすごくパワーアップするのでしょうね。
生駒 俺が乗れないだけで、マシンは速い。ボッティ選手のように乗れれば、砂盃選手にも勝てます。
WJS 最も苦手なマシンを克服したときの伸びしろは、ものすごいと思います。いずれにせよ、3月のタイのレースが楽しみです。マシンを乗り換えるという安易な解決策ではなく、ライダーのスキルアップによって問題を解決するという選択をした生駒プロから、目が離せないと感じています。
生駒 ありがとうございます。でもね、マジでこれほど乗りこなせないんて夢にも思わなかったんですよ。
WJS 全日本選手権シリーズ第3位と、「JETSKI WORLD CUP」の出場権獲得、おめでとうございます。
中野 ありがとうございます。昨年は、速いマシンを乗りこなすのに大変な苦労をしましたが、1年間戦い抜いたおかげで、ようやく乗りこなせるようになりました。
WJS 最終戦の第1ヒート、砂盃、生駒の両選手のフライングで、中野選手がレース終盤までトップを走っていました。最終的には強烈な追い上げをみせた砂盃選手に負けてしまいましたが、惜しい結果ですね。
中野 はい。日本で1番速い砂盃さんだから仕方がないとは思いますが、すごく悔しいです。
WJS でも、日本で3番目に速いライダーです。この結果についてはいかがですか?
中野 嬉しいです。誰がどう言おうと、今、日本人のランナバウトクラスの1番、2番は砂盃さん、生駒さんでしょう。だから、問題は「誰が3位になるか」。この「3位」という順位争いが、最も熾烈なんです。僕は今年、ようやく速いマシンを乗りこなせるようになって、3位になれました。だから、素直に嬉しいです。今は、マリンメカニック製のマシンでないと、勝負の土俵にも上がれない状況です。
WJS 戦えるマシンを手に入れ、それを乗りこなせるようになった結果なのですね。
中野 はい。でも、僕のマシンはシードゥのターボですが、他のマシンはヤマハのターボが多いので大変でした。
WJS シードゥ・ターボとヤマハ・ターボでは、それほど違いはあるのですか?
中野 はい、ヤマハのほうが速いし、船体も少しワイドで、安定しています。
WJS でも、シードゥ艇に乗る中野選手が勝ちましたよね?
中野 ヤマハは速すぎて、普通では乗れないんです。シードゥのほうが自分のライディングに合っている。僕のマシンはインタークーラーを前方に装着しています。同じマリンメカニック製の他のシードゥ艇は、インタークーラーがエンジン後部に装着されています。これは、今﨑さんにオーダーして、そうしてもらいました。
WJS そういった変更は、自分のライディングスタイルに合わせてもらうためですか?
中野 はい、そうです。いくら素晴らしいマシンビルダーが作ったボートでも、乗るのは自分です。人それぞれ体格や体重が違うように、自分の乗りやすいマシンは、自分で理解しないとできないんです。素晴らしいマシンビルダーに造ってもらうからこそ、「僕のはこうしてください」と、言えなければダメなんです。
WJS 今までのお話を伺っていると、今年の3位になった要因は、「速いマシンを乗りこなせるようになった」ことですね?
中野 マシンは去年も速かったですから、全て自分の問題です。今年は、最終周までラップタイムを落とさずに走りきれるようになりました。そのおかげで、レースが楽しかったです。
WJS 速いマシンは大切ですが、「乗りこなせるマシン」をオーダーすることも大切なのですね。
中野 乗りこなせなければ、いくら速いマシンでも、速くはないですから。
WJS 来年3月にタイで行われる「JETSKI WORLD CUP」の参加資格を得たのですから、ぜひとも高額な優勝賞金を目指して頑張ってきてください。
中野 はい。でも、賞金うんぬんよりも、「今の自分が世界でどこまで通用するのか?」「どのあたりにいるのか?」、それを見てみたいという気持ちのほうが強いです。
WJS 「JETSKI WORLD CUP」の出場権獲得、おめでとうございます。
田村 ありがとうございます。でも今は、それどころではないんです。先週、大阪で行われたアクアバイクのレースの2週間ぐらい前に、今﨑さんから「予備艇として、“ガーコ1”を持っていく。飾っているだけではつまらないから、これで参戦してみる?」って、電話があったのです。
WJS 「ガーコ1」とは、2018年に砂盃選手が世界チャンピオンを獲得したマシンですよね? それで、9月5日(土)、6日(日)に行われたアクアバイクと、今回のセレクションレースはガーコ1で走ったのですか?
田村 はい。今﨑さんに電話をいただいてすぐ仙台に飛んでいき、利根川で1回だけ練習させてもらって、アクアバイクに参戦しました。
WJS アクアバイクのレースを見ていましたが、火の玉のようなアグレッシブなライディングで、ブイを舐めるようなタイトなコーナリングが素晴らしかったです。あれなら砂盃選手よりも速いかもしれないと思いました。あんなに攻めて走って、最後までスタミナが持つものですか?
田村 僕は、あんなふうな走り方しかできないので、最後まで持たない……。何がすごいって、ガーコ1の速さです。すごく速いくせに乗りやすい。だから、序盤から攻めてしまう。するとすごく疲れるんです。砂盃さんは、よく最後まで持つなって、心の底から思います。
WJS 今回はガーコ1での出場でしたが、田村さんご自身のマシンもマリンメカニック製ですよね。そんなに速さが違うのですか? もし数値化できるとしたら、ガーコ1の速さが10としたら、田村艇はいくつですか?
田村 3くらいです。ガーコ1に乗るまで、自分のマシンは速いと思っていました。だから、マリンメカニックオリジナルの軽量ハルを勧められても、全く欲しいと思いませんでした。けれど、ガーコ1に乗ったら速すぎてショックです。
WJS そんなにも違うものなのですね?
田村 砂盃さんを始め、世界のトッププロたちは、あのレベルのマシンをキチンとコントロールして乗りこなしているという事実に驚きます。しかも乗りやすいので、強烈に攻めたコーナリングができてしまう。あのスピード域で、あんなライディングをしていると、とにかく異常に疲れます。砂盃さんに必死で食らいつこうと思うのですが、レース終盤では引き離されてしまいます。周回遅れを抜くときの砂盃さんの上手さときたら……。そのとき僕は、3倍くらいの体力を使い果たしながら周回遅れを抜いていると思います。最後までペースが落ちないんですよね、砂盃さんは。
WJS 「JETSKI WORLD CUP」は出場されるのですか?
田村 3月のタイに関してはまだ決めていません。
WJS 優勝した砂盃選手は、マリンメカニック製のマシンの完成度の高さが素晴らしいと仰います。具体的に、今までと何が変わったのでしょうか?
今﨑 一昨年、ジェットスキーワールドカップで優勝した「ガーコ1」に比べて、少し船体が長くなっています。それによって直進安定性が増し、ライダーの操縦安定性が高まっています。直進性能だけではなく、細かい変更を各部に加えることで、コーナリングも含めて、足まわりの強化ができています。
WJS 足まわりの完成度が高まったことが、砂盃選手の自信に繋がっているわけですね。そのほかにも、改良されていることはありますか?
今﨑 実は、エンジンの開発もできています。今回の最終戦では、ニューエンジンを搭載しました。
WJS そうすると、3月の「JETSKI WORLD CUP」も新しいエンジンで参戦するわけですね?
今﨑 いや、3月は以前のエンジンで戦います。このエンジンは、予備で持っていきます。
WJS 砂盃選手から「速すぎる」と聞いていますが、それが理由ですか?
今﨑 そうです。でも、ライバルたちのマシンの仕上がり具合いかんでは、実戦投入があるかもしれません。いずれにせよ、勝てるカードは多いほうがいい。
WJS 速いエンジンができて、それにフィットする足まわりを作る。その繰り返しで、今﨑さんは世界チャンピオン艇を造り上げている。最高峰のマシンを造っても、妥協なく開発を進めているわけですね。
今﨑 当然です。世界中のライバルたちは、新しいマシンを造ってきます。やらなければやられます。
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