2018年に、タイで行われたJET SKI WORLD CUP優勝した、砂盃 肇プロが駆るマシンを製作したのが、世界最高峰のマシンコンストラクター、マリンメカニックの今崎真幸氏です。先日、今崎氏に訊ねたことがあります。「現在(2020年)のマリンメカニック製レースエンジンを、2015年製RXP-Xに搭載したら、どのくらい速くなりますか?」と。
答えは「いくらでも」でした。我ながら、馬鹿な質問をしたと思っています。
今崎氏が代表を務めるジェットショップ/マリーナの「マリンメカニック」は、エンジンチューンだけではなく、自身が造船業の資格を取得し、合法的にレーシングマシンを造ることができます。氏にできないわけはありません。
今回、今崎氏が今に至るまでのレースマシンに対する考え方の根幹が全部載っていて、非常に面白い話になっています。
これは、今から5年前の2015年5月、初めてマリンメカニック製のチャンピオン艇(RXP-Xベースのオリジナル艇)に試乗させていただいたときの話である。このとき、初めて今崎氏の造ったマシンに乗せてもらった。分かりやすく伝えるため、わざわざ発売されたばかりの市販艇のシードゥRXP-X 260RSも用意してくれていた。
このときマリンメカニック製RXP-Xベースのチャンピオン艇に乗った感想が、本記事のテーマ「未知との遭遇」である。純正ノーマル艇とは何なんだ! と感じたくらい、「速くて乗りやすい」マシンだった。
今回、市販艇のRXP-X 260RSと、マリンメカニック製のレース艇を乗り比べることで、我々が普段乗っているジェットスキーと、世界レベルのマシンの違いをお伝えする。
「良く仕上がったレーシングボートは、市販艇の何倍も乗りやすい」という話を、世界的なトップライダーから良く聞く。しかし本当に、市販艇の倍以上のモンスターパワーを乗りやすいと感じるのか?
下の写真が、RXP-X 260RSとマリンメカニック製マシンの2台で、「ヨーイ・ドン」をしたものである。我々は出版のプロである。だから、もう少し分かりやすい写真を選ぶべきなのだが、これが限界だった。
スタート後、もう少しゆるやかに差が開いていけば、非常に分かりやすい比較写真になったはずだが、マリンメカニック製のマシンが速すぎて、2艇を一緒のフレームに入れようとすると、はみ出してしまうのだ。
レース本番艇に乗る前に「加速に慣れるために、少しだけ走って練習してきて」と今崎氏に言われた。「メチャクチャ乗りやすいから、加速にだけ慣れれば楽しいよ」と言う。
それを聞いて、私はなぜか泣きそうになった。「チャンピオンマシンに乗れる幸せ?」「加速に慣れるための練習?」「そんな自分でも楽しめる全日本最速マシン?」。
嬉しいのだが、頭の中はハテナマークでいっぱいになっていた。とにかく「ありがとうございます」と、噛みしめるように走った。
WJS 今回乗せていただいた本番艇RXP-Xの最高速は、どのくらいですか?
今崎 125~6km/hくらいですね。
WJS それは意外です。150km/hくらい出ると思っていました。
今崎 クローズドコース用なんで、そんなに出てないです。
WJS 125km/hのマシンなのに、十分に速く感じました。
今崎 初速が速いからね。しかもあの船は、レース中の荒れた水面で125km/h出せちゃう。ラフウォーターでも、このスピードを出せるのが驚異なんです。2014年のHKSのヤマハ艇でも、コース上で120km/hは絶対に出ない。ベタな水面ならHKSのほうが速いけど、レースではこっちのほうが速い。パワーを抑えているから、ライダーの負担が少なくてペースが落ちないんです。それと、荒れた水面でもアクセルを握れる、乗りやすい船体形状になっている。それが魅力です。
WJS レースでは「トップスピードはいらない」ということですか?
今崎 いらないわけじゃない。でも、静止時からブイまで到達時間のほうが重要です。国際レースを見れば分かるけれど、ストップ&ゴーの繰り返しだからね。
WJS スタートから1ブイまで加速して、コーナーで1度減速して、そこから次のブイまで加速して、また減速する。レースはこの連続ですからね。
今崎 国内のレースで最高速に特化した艇を作ると、ライダーが疲れて、後半、ペースが落ちるんですよ。そうすると、遅い艇に乗る実力者たちにやられちゃう。だったら最初からトップスピードを落として、最後まで同じペースで走れるようにしています。国内のレースでは、ウォーターボックスを装着しなければならないので、ターボが壊れるリスクを負うくらいなら、逆にブーストを下げて、船体で勝つって感じですね。
WJS 世界大会ではウォーターボックスを外せますが、最高速はどれくらいまで上がるのですか?
今崎 140km/hくらいになると思う。
WJS 唐突な質問ですみません。今の市販のジェットスキーは、改造すれば時速何km出るのですか?
今崎 最高速用の艇を作るとしたら、RXP-Xの船体で150㎞/hが目安だね。
WJS カワサキでは?
今崎 ULTRAで、いくら頑張っても140km/hくらい
WJS ヤマハはどうですか?
今崎 FZSなら、もっと全然出ちゃうでしょ。最速で160km/hくらいじゃないかな。
WJS どうしてそんなに出るのですか? 船体が軽いからですか?
今崎 軽さもそうだし、スピードが出やすい船体形状をしている。でも、これはあくまでも直線だけの話だけどね。
WJS 直線だけということは、それ以外は挙動が危ないということですか? 例えば、変な波が来たときに挙動がおかしくなるということですか?
今崎 そう。波によっては超危険。だから、スピードを上げても乗れる人はいないよ。
WJS ということは、現在のジェットスキーの最高時速は直線なら160km/hくらいですね?
今崎 そのくらいだと思います。
あっという間にこれほどの差がついてしまう。市販艇の「スポーツモード」が壊れているのかも? とさえ思ってしまった。
WJS 驚いているのは、今まで「スピード」を最優先にしてきた今崎さんが、今年は「乗りやすさ」、いわゆる「操安」の優先順位が一番高くなっていることです。何か理由があるのですか?
今崎 2014年のワールドファイナルで見た、ボッティ選手(プロランナバウトクラス世界チャンピオン)の速さ。あれって「船体の速さ」なんです。ライダーの技量はもちろんあるけど、やっぱり完全に「船体の勝利」だって思った。だから、2014年の年末から本気で船体開発を始めました。
WJS 今までは、アクセルを握れないとライダーが言っても、かたくなに「スタートで前に出してやるから、あとは何とかしろ」という考え方でしたよね?
今崎 それは、そういう時代だったから。昔、RXPにULTRAのハルを付けてみたこともあったけど、それもやっぱり操安を考えたから。ところが、2011年に完全に完成された船体のRXP-Xが出てから、「船体よりもパワー」なのかなって思ってたんです。実際の国際レースで外国人ライダーが走ってるのを見て、「こうしてみよう」「ああしてみよう」って、エンジンをいろいろやった。おかげで、ホールショットも取れた。でも、ボッティを見て、船体を開発の重要性を思い知らされました。
WJS 確か、そのころマシンレギュレーションが大きく変わりましたよね?
今崎 2013年からレギュレーションが変わって、国際大会では船体の最低重量が340kg以上という規則ができました。軽量ハルでも軽すぎるのに、カーボン製は絶対にもっと軽くなる。船体が軽くなりすぎたら、その分、何かしらのウエイトを積まないといけなくなった。それじゃ本末転倒ですよね。
WJS 今崎さんの造るハルは、それほど軽量ではないのですか?
今崎 ウチの下ハルは、規則が変わる前に作った軽量ハルと同重量。だから、アッパーハルをわざと重くして、レギュレーションに対応しています。
WJS もし、下ハルを今よりも軽い素材、例えばドライカーボンにしたら、どうですか?
今崎 今は必要ないよね。カーボンって固いでしょ。カーボンハルは、曲がらないし、跳ねるし、しならない。だからレースでは使えない。しかも、割れたときにくっつかないので、レース会場なんかで応急処置ができない。エポキシとかを使っても、すぐに剥がれちゃう。もし、自分にスポンサーが付いて、何台もハルを用意できたらレースにも使えるけど……。それに、ドライカーボンだと船体重量が軽くなりすぎて、おそらくレギュレーションが通らないだろうね。
WJS 世界チャンピオンのジェームス・ブッシェルの乗っているシードゥセンター製のハルは、ドライカーボンだと言われてますよね?
今崎 それはルール変更前のことじゃないですか? もし、今でもドライカーボンを使っているなら、ウエイトを積んでいますね。
WJS 今崎さんのレース艇の船体開発のコンセプトを教えてください。
今崎 「バランス」だね。RXP-Xって、スタートでモタつくの。加速時にフロントが持ち上がるのって分かりますか?
WJS 分かります。
今崎 でも、今日乗ってもらったRXP-Xは、加速時にフロントがほとんど持ち上がらないんですよ。前が持ち上がるマシンっていうのは、ちょっとした波でもすぐ跳ねる。スタートでは、フロントが持ち上がらないマシンが、絶対に先に行きます。だから、リアを伸ばすことで、前を持ち上がりにくくした。そうすると今度は、荒れた水面でノーズが水を噛みすぎちゃってどうしようもない。だから、フロント部分を膨らませて浮力を持たせることで、その問題を解決しました。それが「バランス」なんです。
WJS イメージとして、レース用のハルはノーマル艇よりも軽い分、喫水が浅いイメージがありますが、マリンメカニックのハルはどうですか?
今崎 停止しているときは浮いているけれど、逆に滑走中は下がる。だからライダーが思い通りに操れるんです。
WJS そういう計算のもとで造られたのですね?
今崎 どうやって造り上げたと聞かれれば、僕の場合、経験に基づいて、仮の理論を頭のなかで構築して製作し、そこからテスト、テストを繰り返して改良していくという方法です。あくまでも、人が乗るものなので、人が主役なんです。
停止しているときは浮き、滑走中は下がる。ライダーが思い通りに操れる船体。
自らレース艇に乗ってテストも行う。
これが軽さなのか、あきらかに上のレーシングマシンのほうが水に浮いている。これが、走り出すと沈むという。
2018年、自ら開発したマシンが世界チャンピオンに輝いた。しかし、世界一への情熱は消えることがない。
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