「ポルシェ 356 スピードスター」。とにかく気になるクルマである。この「ポルシェ 356 スピードスター」は、俳優のジェームズ・ディーンが愛したクルマとしても有名だ。
今から60年前、1955年9月30日のこと。ディーンは、数日前に356スピードスターから550スパイダーに乗り換えていた。
午後6時少し前、彼はレースのため、サーキットのあるサリナスへと向かっていた。マシンのシェイクダウンをかねたウォーミングアップが必要だと考えたのだろう。
そして、ハイウェイ41号線に続くY字路に差し掛かろうとしていた次の瞬間、まさかの正面衝突。ディーンは、病院に運ばれる途中で息を引き取った。
亡くなったときに乗っていたのは550スパイダーだが、ある年代以上の方なら、ジェームズ・ディーンの愛車といえば「ポルシェ 356 スピードスター」と答えるだろう。
今回、別件の取材の際、たまたま1965年製「ポルシェ356スピードスターのレプリカ」に乗せていただく機会を得た。
ドアにはディーンが乗った356スピードスターと同じ「ゼッケン23F」の文字がペイントされている。
初めて「ポルシェ356スピードスター」を見たときに思ったのが、「ワイルドだけど可愛い」「高価なのだろうけど、無理をすれば買えそう」であった。
オーナー氏曰く「排気量1600ccのエンジンは、すこぶる調子が良い」という。
自分のクルマで走れば真っ平らなアスファルトが、このスピードスターで走ると、凸凹がクッキリと感じられた。レーシングカーであることが、はっきり分かるのだ。走行距離1万マイル、56年前のエンジンがそのまま搭載されていた。
今回、このクルマのオーナー氏に、いろいろと話を聞いてみた。
WJS 普段から、町乗りに使っているのですか?
オーナー たまに機嫌の悪い日もありますが、ガンガン乗って全然大丈夫です。
WJS 維持費は高くないのですか?
オーナー そんなことはないです。純正パーツにこだわれば高価な部品も多いですが、アフターパーツメーカー品なら、機能は変わらず、値段が3分の1くらいで買えるものもたくさんあります。
WJS 普段使いが出来て、このスタイリングなら”誰もが”欲しくなりますね。
オーナー 普段使いと言っても、車自体は「56歳」なので、限度はありますよ。
WJS 長距離ドライブも行けますか?
オーナー 自分は三重県在住なのですが、滋賀県までツーリングに行ったことがあります。
WJS 滋賀県は、三重県の隣ですよね? それが遠出になるのですか?
オーナー はい。ビンテージカーなので、これだけ走れたら十分に優秀だと思います。長時間連続で走ると、オーバーヒートするんです。
WJS エンジンは空冷ですよね?
オーナー それでも長く走り続けるのは良くないんです。
WJS 例えばですが、最近、話題になっているビンテージカーのEV化。古いクルマの心臓部をモーターに変えるというのは、どう思いますか?
オーナー あんなのは、ダメです。せっかくのエンジン音も、雰囲気も何もない。まともに走るのが当たり前になったら、朝起きたとき「今日は、機嫌よくエンジンかかるかな?」っていうドキドキ感がなくなるでしょ。
WJS クルマは機械なので、普通ならそんな不安はないと思うのですか……?
オーナー 「今日はエンジンの機嫌が悪いから早く帰ろう」とか、「調子が良いから少し飛ばそう」って、『クルマと会話すること』が楽しみのひとつなんです。モーターなんて、会話しないですからね。
WJS オーナーさんにとって、「クルマは走るための道具」ではないのですね?
オーナー はい。人生のパートナーです。このクルマ、時速50キロを超えると、真っ直ぐ走らせることに神経を使います。その不便さも楽しい。嫌がるマシンと会話を楽しみ、ときにはなだめたり、ときには「甘えるな!」と叱ったりしながら走ります。
WJS 先ほど、少し試乗させていただきましたが、「ギアチェンジに失敗したら……」と、すごく神経を使いました。
オーナー 真剣に向き合わないとすぐにマシンを壊します。スマホを見ながら、「適当にドライブ」なんて出来ません。クルマに乗ることに全神経を集中させて乗ります。
WJS 現代のクルマと全然違いますね。
オーナー だからこそ、余計に愛おしいんです。運転をするには、真剣にクルマと向き合わないとダメ。「わがままな彼女」のような存在です。
自分の人生の中で、このクルマの存在感がハンパなく大きい。夜、寝るとき「明日の機嫌は大丈夫かな?」なんて心配をしなければいけないクルマが愛おしい。目をつぶってもスパイダーが頭の中に出てきます。
WJS 男の“オモチャ”は、人生を生きる上でのモチベーションになりますね。
オーナー このクルマがあるということが、自分の生活に意味をもたらします。それにしても、何の理由もなしに機嫌が悪くなったり、絶好調だったりするのには驚かされます。
嫌がっているのに無理して走らせれば、必ず壊れます。目的地より、クルマの調子のほうが重要なんです。「今日は気分が良さそうだね。もう少し走ろうか」みたいな感じで乗っています。
WJS このクルマに、これからもずっと乗っていくのですね?
オーナー 実は悩んでいることがあって、今は乗っていないのですが、20年くらい前まで水上バイクに乗っていました。持っていたのは全て立ち乗りで、650X-2、スーパージェット、SXi proの順で乗っていたんです。
今年、ヤマハから20年ぶりに新しいスーパージェットが発売されたと聞いてからというもの、「このクルマを売って、スーパージェットに買い替えるか……」と、毎日、真剣に悩んでいます。
聞けば、以前、乗っていた水上バイクは全てシングルモデルで、「カワサキ JS X-2」「ヤマハ スーパージェット」「カワサキJS 750 SXi pro」の順で乗っていたという。
それが、今年、ヤマハから20年ぶりに新しいスーパージェットが発売されたことを知ってから、「このクルマを売ってスーパージェットに買い替えるか、毎日、真剣に悩んで」いるそうだ。
「乗り物を操る楽しさ」という点では、水上バイクの「スタンドアップ(立ち乗り)」に適う乗り物は、この世の中にないと編集部は思っている。例え「56年前のポルシェ」でも、「走る喜び」ならスーパージェットに軍配が上がる。
「水上バイクに乗っている人でも、普通の人は“立ち乗り”に乗れない人が多いですよね。でも、自分は、“立ち乗り”の本当の楽しさを知っている。
56年前のビンテージカーと、水上バイクの最新モデルで悩む気持ちは、立ち乗りに乗れる人しか分からない。誰にも相談できないんです。(水上バイクの)立ち乗りに乗れて、ビンテージカーに乗っている人なら、なおさらこの気持ちが分かってもらえると思います」と語るオーナー氏。
水上バイクのスタンドアップとビンテージカー。どちらの良さも知っているからこその悩みである。オーナー氏の苦悩は、まだしばらく続きそうだ。