陸上で、初めて目にしたスーパージェットの感想は、「大きい」である。カタログ数値的には、カワサキの4ストロークスタンドアップ「SX-R」よりもコンパクトだ。
さらに「ハイエースに中積みできる」というイメージから、従来までの2ストロークのスーパージェットよりは大きいけれど、それほどではないだろうと考えていた。しかし、実際に実物を見て、「こんなに大きいの!?」と感じたのだ。
どこにもチープさがない船体にびっくりした。ピカピカのホワイトボディは、高級感に溢れている。
最初にメーカーが発表した資料を見たときは、「いずれカスタムするんでしょ。だから白のままにしました」という理由から、白の単色ボディなのではと思っていた。
仕事がら、世界で戦う一流のレース艇の取材をすることが多い。そういったレース艇は、自動車のF1マシンと同じで、「走る広告塔」の意味合いもある。大会に参戦する際には、カラフルなスポンサーデカールが貼られているが、開発中のマシンは白のままだからである。
しかし、この私の想像は、全くの誤解だった。この高級感、このクオリティの高さは、「ヤマハ」というメーカーのプライドの現れだったのだ。メーカーが「スーパージェット」という機種を、いかに大切に考えているかの証拠でもある。
2ストロークのスーパージェットには何度も乗ったことがあるが、4ストロークとなると話は別だ。いくら「スーパージェットのDNAを継承したモデル」と言われても、実際に乗ったことがないので、本当の乗り味は想像がつきにくい。とにかく、試乗するのが楽しみだった。
今回、久しぶりに、骨のある筋の通ったマシンが登場した。最近のニューモデルは、現行の市販モデルよりも「より速く」や「よく曲がる」、「より快適」といった、「より○○」をコンセプトに開発されているモデルが多い。そればかりだ、と言っても過言ではない。
誰かが最初に考えたコンセプトモデルがあって、そのモデル「より○○」が続く以上、誰かの考えたマシンの進化でしかない。それを否定している訳ではないが、「独自の楽しさ」を追求することは非常にリスクが伴う。すでに支持を集めている「誰かの楽しさ」に乗っかっているほうが怪我は少ない。
ジェットはスポーツだが、楽しいだけの「遊び」である。だからこそ、ひたすら自分たちが考える「ファン・トゥ・ライド」だけを追求したヤマハは素敵だ。カタログスペックで競い合うことを止めて、楽しさだけで勝負を挑んだ。素晴らしい考え方に基づいて、完成されたモデルだった。
スーパージェットを水に浮かべ、乗り込んだ。デッキの上に立つと、陸上で感じたサイズよりも少し小さく感じる。そして圧倒的に軽い。
走り出すと、小さな波も大きな波も刺さらずに走れる。まるで、2ストローク艇に乗っている感じだ。船体の幅はワイドになったが、見た目ほど安定感はない。
挙動に慣れるため、5分ほど走る。少し慣れてきたところで、ブイを張ったコースをアクセル全開で走ってみた。ハンドルポールスプリングがなくても、ハンドルは十分に軽い。バネが進化したのではなく、究極のハンドルポールを開発して装着したら、結果的に軽かったということである。
アフターパーツメーカーを困らせるマシンが出てきたものだ。ノーマルのままでも何の不自由もない。
アクセル全開にして、トップスピードで走る。初めて乗るマシンで、挙動が把握できていないから油断できないし、かなり緊張する。
この日、服部和生プロがポケナビで計測した直線の最高速度は87.9km/hであった。同じ4ストロークスタンドアップでも、編集部のカワサキSX-Rの最高速は99km/hだ。しかし、このスーパージェットのほうが、緊張感も恐怖感も大きい。スリリングだ。
常に、自分で船体の安定を保たなければならない。SX-Rなら、船体重量の重さで潰してくれる小さな波でも、スーパージェットならマシンの挙動にまともに影響する。
上手く走るには、荷重のかけ方、船体の姿勢を常に意識する必要があるのだ。乗り手が、「自ら操る」という、立ち乗りの原点に戻ったマシンだった。
1. カタログで見るより、実物のほうが断然、素敵。
2. モアパワー、モアスピードではなく、あくまでも「ファン・トゥ・ライド」な乗り味。
コースを走っているとき、アクセルを開けたままブイに突っ込んで、直角に曲がろうと思ったが上手くいかなかった。船体がバンクしたまま起き上がれず、ブイをグルっとまわってUターンしてしまうのだ。「これでは、コースなんてとても走れない……」と、泣きそうになった。
すると、一緒に走っていた服部プロが「そんなに力づくで曲がろうとしてはダメ。スタンドアップの基本に忠実に、『減速、旋回、加速のときの船体姿勢』を意識して丁寧に走るように」と、教えてくれた。「ていねいにライドすれば、すごく素直に動いてくれる」と、言うのだ。
そう言われても、すぐには出来ない。すると、ヤマハの船体開発担当の鈴木氏が「Lモードで走ってみたら」と、薦めてくれた。「Lモード」とはエンジンの最大出力を約80%に設定できるシステムだ。要するにパワーが出ないので、マシンの攻撃性は一気に下がるが、操作性は向上する。
「Lモード」は、ランナバウトのMJ-FX HOやMJ-VX Cruiser HOなどにも搭載されている機能で、初心者でも安全にライディングできるようになっている。
だが、曲がりなりにも取材班はビギナーではない。「Lモードに切り替えろ」と言われても、普段なら、絶対に拒否していた。しかし、今回はあまりにも乗れないのだ。藁をもすがる気持ちでLモードを試すことにした。
結論から言えば、「Lモード」は最高だった。エンジン出力を落とすことで、極端にアクセルレスポンスが悪くなり、ピーキーさが皆無になる。アクセルワークを気にせず、ハンドリングだけに意識を集中することができるので、極端にライディングが優しくなった。
上手く乗れるので、ライディングが楽しい。先ほどまでとは大違いだ。
内心「俺、上手いじゃん」と心が震えた。
エンジンの最大出力を約80%に抑えても、初めてのスーパージェットチャレンジなら、十分なパワーだ。上手く乗れると、楽しいし疲れない。だから、余計に乗り続けていたくなる。
スーパージェットのライディングでは、常に水面状況に対処するという「スタンドアップの基本」が要求される。SX-Rのように、重くてパワフルなマシンに乗っていると、つい忘れてしまいがちになることを思い出させてくれる。
船体重量で波を潰すこともできないし、アクセルワークでバランスを保つことも難しい。服部プロも、スーパージェットに乗った後で、自分のレース艇に乗ると「すごくていねいな走りになる」と言っていた。
内心、ちょっとバカにしていた「Lモード」だが、そのままでも十分楽しいのが驚きだった。初心者専用ではなく、「俺専用モード?」と思ったくらいだ。
体が、スーパージェットの乗り方を確認できたと思えたので、今度は、「Lモード」を解除して、通常モードで走ってみた。すると、先ほどまでの乗りにくさが嘘のように、きちんとアクセル全開で走ることができた。それでも、残念ながら「俺、上手い」とは思えなかったが……。
もっと攻めた走りができると思って頑張ったら、2周目にヘアピンカーブで強烈に吹っ飛んで終了。ナメて油断して、雑に曲がろうとした結果がこれである。
アクセル全開の最高速でコースを走れているときは、必死なクセに「俺、今、服部プロと同じスピードじゃん」と思えて嬉しくてたまらなかった。取材でなければ、まだ乗り続けたいと心から思っていた。「まだまだ、俺は上手くなる」と感じるジェットだった。
スーパージェットに初めて乗った印象は、「難しかった」。そして、「面白かった」。
これが、ヤマハの考えた「最高に楽しいスタンドアップ」という答えなのだろう。
乗り終わった翌日に、この原稿を書いているが、本音を言えば、文章なんて書かずに「今もスーパージェットに乗りたい」という気持ちしかない。なぜ、これほど「乗りたい」と思うのか自分でも不思議だ。
「スーパージェット」は、1989年に「MJ-650 Super Jet」の生産が開始されて以来、過去に4度のモデルチェンジを繰り返しながら、30年以上も愛され続けてきた超ロングセラーモデルである。
今回発売された4ストロークスタンドアップの「スーパージェット」の開発コンセプトは「ファン・トゥ・ライド」だ。メーカーだからこそ、「もっと良く曲がる」マシンも、もっと速い」マシンも作ることができたはず。しかし、試行錯誤の末、「このエンジン」、「この船体サイズ」と決めたのだった。
そのスペックが、自分たちが考えうる、究極の「ファン・トゥ・ライド」を生み出したのだ。その精神的な部分も含めて造られた、外観デザインやカラーリングが、この見事な「スーパージェット」なのである。
ヤマハの技術が結集したスタンドアップ「スーパージェット」。特筆すべきは、日本で生産されていることだ。ジェットは通常、アメリカで製造されている。しかしこのスーパージェットは、「メイド・イン・ジャパン」である。開発陣も、それを誇りに思っている。
今回、取材をして、はっきりと理解できたことは「スーパージェット」というモデルは、ヤマハにとって特別な存在である。「マリンジェットの真髄」であり、「ヤマハのプライド」なのだと強く感じた。
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