2021年モデル、ヤマハ スーパージェットの開発担当の1人、鈴木氏が面白い話を聞かせてくれた。開発する際、最も心配したのが、「新しく作ったスタンドアップが、社内で “スーパージェット” として認めてもらえるのか?」ということだったそうだ。
社内でもし「これは、“スーパージェット”ではない」と言われたら、別の違う名前になっていたという。ヤマハ発動機の内部では、「スーパージェット」という名前は特別な意味を持つのだ。このモデルは、「マリンジェット」の真髄なのである。
だから社内でも、多くの人から「スーパージェットの開発部署は大変でしょう」と聞かれることがあるというが、「そんなことは考えたこともない」と鈴木氏。それよりも、「開発の“GOサイン”が出たことのほうが、断然嬉しかった」と、少し笑った。
鈴木氏曰く「何年も前から4ストロークのスーパージェットを作る構想はあった。いつでも、頭の中ではスーパージェットのことを考えていた。ランナバウトのEXで、使われている3気筒TR-1エンジンが出来たときから新型マシンの開発には自信があった」そうだ。「あの3気筒エンジンほど、スーパージェットというスタンドアップの出力特性に相応しいものはないと、確信していました」と言う。
誰もが思い描く「ファン・トゥ・ライド」を形にした、新しいスタンドアップ。それを作って、アメリカのヤマハでも、国内でも「これはスーパージェットである」と認めてもらえた。そして、その特性に相応しい細部を完成させていったのだ。
新しく作るスタンドアップが、「スーパージェットか否か」こそが重要だったのである。
「このエンジンパワー」、「このサイズ」、「この重量」だからこそのファン・トゥ・ライド。どんなハイパワーなジェットでも開発できるメーカーが、自分たちの考える「究極のスタンドアップ」を、プライドを懸けて完成させたのだ。
3人乗りのランナバウトが主流の現在、販売台数でみると1人乗りのスタンドアップの占める割合は非常に少ない。
失礼な話だが、実物を見るまでは、既存のパーツを組み合わせて、無難に仕上げた機種だろうと思っていた。しかしそれは大きな間違いで、今、セールス的には、マーケットが小さいモデルでありながら、環境問題をクリアした究極の4ストロークスタンドアップを作り出したヤマハの英断に、心から称賛を送りたい。
これから、2021年のジェットシーズンが本格化する。もし、スーパージェットが買えるチャンスがあったら、少々無理をしてでも買ったほうが良い。それだけ、価値のあるジェットだと思っている。ヤマハのプライドが形になっている。
国内発表から早々に予約が入り始め、今年の残り台数は少ないと聞く。編集部の情報では、来年も品薄状態が予想される。
ロングセラーモデルで品薄状態。カタログよりも、実物のほうがハイクォリティ。練習すれば、とことん上手くなれる。こんなに購入を安心して薦められるモデルは、滅多に出ないだろう。
私は、「スタンドアップほど、楽しいジェットはない」と信じて疑わない。しかし、思い通りに乗りこなせるようになるまでが難しい。
ジェットは、エンジンによりインペラーを回転させ、船底の吸入口(ジェットインテークやスコープゲートと呼ばれる)部分から水を取り入れ、後方のジェットノズルから、勢いよく水を噴出することで推進力を得ている。つまり、水を十分に吸い込まないと、スピードが出ないということだ。
スタンドアップを上手に操るには、体重のかけ方を調整し、バランスを取りながら、常に船底のインテークから水を取り込める状態にしなければならない。狭いデッキの上で、四六時中、動き続ける必要がある。
コーナーを曲がる際にも、遠心力に負けないように船体の内側に加重する。その状況で不安定な波に襲われることもある。水面の状況、速度など、あらゆる環境に瞬間で対応し、船体をコントロールする必要に迫られる。それが上手くいったときの爽快感や、マシンとの一体感が、スタンドアップに乗る醍醐味のひとつでもある。だから、座ってアクセルを開ければ、誰にでも簡単に乗れるランナバウトに人気が集中するのも理解できる。
しかし、ランナバウトしか乗らない人から見ると、ジェットに対するイメージは「水上スクーター」だ。だが、スタンドアップ経験者がイメージするランナバウトは、「3人乗りのスタンドアップ」である。
あくまで、「船体サイズの大きいスタンドアップ」なのである。この感覚の差は、果てしなく大きい。再度言わせてもらうが、私は「本当に楽しいジェットは、スタンドアップである」と確信している。
ジェットが「水上スクーター」なら、練習なんてする意味はない。しかし、「スポーツ」となれば話は別だ。乗れば乗るほど上手になるし、もっと上手くなりたいと思うだろう。これが、「レジャー」と「スポーツ」の大きな違いだ。
ゴルフでも草野球でも、「スポーツ」として取り組んでいた場合、一度やめてしまったら、元のレベルに戻るまでに、大変な努力と時間を要する。
「水上スクーター」なら、飽きたらすぐにやめてしまう。やりたくなったら、また始めればいい。遊びだから、「上手、下手」といった概念はない。だから、最初から最後まで、「自分はジェットに乗るのが上手い」と信じている。次に始めるときも、「自分は上手い」と思っているままだ。
そういう人がジェットをやめると、決まって「ジェットなんて、金ばかりかかってロクなもんじゃない」と言う。その人にとっては、嘘偽りない本心である。ジェットに乗っていて手に入れたのは、ナンパや家族と楽しく遊んだ思い出だけだ。
しかし、「ジェットはスポーツ」だと考えている人には、「上達」というご褒美が手に入る。こんなに長い時間をかけて、これだけのスキルを身に付けた。「上手、下手」という概念があるからこそ、上達した自分に対して大きな満足感が得られるのだ。
その価値は、プライスレス。唯一、お金では買うことができない尊いものだ。「ジェットはスポーツ」という考えを、最も具現化しているのが、「スタンドアップ」という乗り物なのである。
今回、試乗インプレッションに協力していただいたのが、昨年のJJSF全日本チャンピオンで、スーパージェットのテストライダーを務めてきた服部和生プロである。
服部プロが、マシン開発に協力するなかで感じたことが、「スーパージェットに対する開発者たちの情熱」だったそうだ。毎回、テストが終わるとレポートを提出するが、服部プロのリクエストの大半が聞き入れられなかったという。なぜなら、開発コンセプトが「ファン・トゥ・ライド」だからだ。
ちなみに、レーサーである服部プロの要望は、当然、「レースで使いやすい」ジェットである。しかし、今、「このスーパージェットの世界一のファン」は服部プロだろう。彼は、日本で一番速いスタンドアッパーで、マシンの改造も自分で行うコンストラクターでもある。
彼の自慢のレース艇は、このスーパージェット3艇分くらいのコストがかかっている。その服部プロに、「休日、自分のレース艇と、このスーパージェット、好きなほうに乗っていいと言われたらどうしますか?」と聞いたところ、「スーパージェットで波を飛びに行きたい」と即答だった。
現在、世界で最も長い時間、新しいスーパージェットに乗っている彼が、「まだ、上手くなれそうな気がする」というのが理由だ。スーパージェットの開発に協力していた服部プロと同格で語るのも僭越だが、4月7日に初めて乗ったばかりの編集部も同じ意見だ。服部プロは「開発の方たちと過ごした有意義な時間。その感謝の気持ちを返したい。それには、スーパージェットで勝つしかない」と言った。
新しいスーパージェットは、カスタムする部分が見えにくいモデルだ。「より速く」や「良く曲がる」が、必要悪になるかもしれない。「ノーマルでのスペック」が「ヤマハが考えた究極のファン・トゥ・ライド」だからである。 エンジンパワーを上げたり、足まわりを強化するとマシンのバランスが崩れ、最大の魅力である「楽しい」が失われる可能性があるのだ。
ニューモデルが発売されると、すぐにアフターパーツメーカーからさまざまなカスタムパーツが販売される。例えばスポンソンだ。「このスポンソンに交換すれば、もっと曲がります」という。
しかし、「曲がるようにはなったけれど、楽しくなくなった」と言われたら、アフターパーツメーカーは何も言えない。実際、テストライダーの服部プロが「レースで勝てるようなパーツを装着するほど、スーパージェット本来の楽しさは減る」と言っていた。
スーパージェットは、メーカーがとことん考え抜いて作り上げた「究極のファン・トゥ・ライドモデル」である。何度も言うが、スーパージェットの最大の魅力が「楽しさ」なら、カスタムパーツは、「このパーツを装着すれば、より楽しめます」といえるものでないと、改悪でしかない。
そして、そんなパーツを作るのは至難の技だ。メーカーがとことんこだわったパーツで組み上げられているからだ。そんなマシンを開発したことを、心から称えたい。
上の写真は、1990年1月に静岡県の西伊豆で撮影された、 初代「MJ-Super Jet650」の試乗インプレッションのワンカットだ。スーパージェットは1990年にデビューし、2019年に、一度、その歴史は途切れたが、2021年から、4ストロークモデルとして甦った。
この写真のライダーは、飛野照正氏である。
ジェットスポーツが最も華やかだった1990年代前半、全米ツアーがアメリカ人だけが戦う場所とされていた。飛野氏は、「アメリカ人でなければ勝てない」と言われていた全米ツアーに、日本で初めて挑んだ日本人ライダーである。
全長 | 2,240mm |
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全幅 | 680mm |
全高 | 660mm |
エンジン | 2ストローク |
最大出力 | 50PS |
排気量 | 650cc |
乾燥重量 | 130kg |
燃料容量 | 18L |
価格 | 869,000円 |
エンジンが701ccにパワーアップした。
全長 | 2,240mm |
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全幅 | 680mm |
全高 | 660mm |
エンジン | 2ストローク |
最大出力 | 63PS |
排気量 | 701cc |
乾燥重量 | 132kg |
燃料容量 | 18L |
価格 | 858,000円 |
アッパーハルが変更された。
全長 | 2,240mm |
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全幅 | 680mm |
全高 | 660mm |
エンジン | 2ストローク |
最大出力 | 66/73PS |
排気量 | 701cc |
乾燥重量 | 132kg |
燃料容量 | 18L |
価格 | 858,000円 |
アンダーハルの形状がワイドになった。
全長 | 2,240mm |
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全幅 | 680mm |
全高 | 660mm |
エンジン | 2ストローク |
最大出力 | 66PS |
排気量 | 701cc |
乾燥重量 | 139kg |
燃料容量 | 18L |
価格 | 1,015,728円 |
試乗会前に、ヤマハから2021年ニューモデルの説明をヤマハ・マリンジェットの説明を受けた。当然、一番の目玉は新型「スーパージェット」である。しかし、市場マーケット的にはスタンドアップの販売台数は芳しくない。ランナバウトのほうが売れるのに、「なぜ、今、この時期にスーパージェットを発売するのか?」非常に興味があったからだ。
メーカーの答えは、「環境問題の影響」だという。今までの2ストロークエンジンでは、世界的に厳しさを増す「排ガス規制」に適応できない。いくら、2ストロークのスーパージェットが愛されていても、「時代の流れには逆らえない」のである。
具体的な話になるが、2ストローク艇は、環境規制により、現在、先進国では販売が難しい状況となっている。また、2ストロークエンジンの部品供給も、この先、怪しくなってくる。さらに、2000年前半に、ジェットの4ストローク化の波が広がったことも一因だという。
「かなり以前から、ヨーロッパをはじめ、国内外から、『スーパージェットの4ストローク化』という強い要望がありました。でも、優先順位を考えると、なかなかそこに投資できなかった。
今回販売を開始した、4ストロークの「スーパージェット」は、我々のなかで、長期間に渡ってずっと考え、温めてきたものが、形になったものなのです」と、担当者は語る。
新しいスーパージェットを説明するには、唯一のライバルである「カワサキSX-R」に、比較対象として登場してもらうのが分かりやすい。
レース全盛の時代だったら、後発モデルは、船体サイズも馬力もアップし、より戦闘力を高くするのが当たり前だった。
しかし、今回発売されたヤマハの新型スーパージェットは、船体サイズをSX-Rよりも大きくするのではなく、できる限り2ストローク時代と同じサイズに近づけ、「よりライディングの楽しみ」を追求したという。
SX-Rとのサイズ差を、下表で比較した。
スーパージェットのほうがSX-Rと比べて、全長で225mm、全幅3mm小さい。船体重量もSX-Rより80kg軽い170kgである。
馬力も、SX-Rの160馬力に対して、スーパージェットは101.4馬力だ。
これだけでも、2000年代前半までのような「レース重視」のモデルでないことが分かる。
もちろん、レースでも使ってほしいとメーカーは言っているが、馬力も船体サイズも違うので、SX-Rと同じ土俵で戦うのは厳しいと思われる。
スーパージェットの国内デリバリーは2021年6月予定。
余談だが、新型スーパージェットは、ロングサイズのハイエースに、中積みできるサイズである。
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