クルマを売るとき、まず確認されるのが「走行距離」だ。他にも、年式や車種、事故歴などもあるが、査定金額の最も大きな要因は「総走行距離」だ。
「走行距離」は、中古車を買うときの目安にもなる。
では、中古艇の売買では、何を目安にすればよいのだろうか? 水上バイク(以下、ジェット)には、基本的に「走行距離”オドメーター”」がない。その代わりとなるのが、エンジンの総使用時間を表す「アワーメーター」だ。可動時間がECU(コンピュータ)に記憶され、メーターに表示される仕組みとなっている。
そこで考えるのは、『ジェットのアワーメーターと、クルマの「走行距離」は、同等の意味を持つのか?』である。
「アワーメーター」とは、エンジンの稼働時間を追跡し、記録するための計器だ。
だから、メンテナンスや、修理のスケジュールの目安、消耗品の交換時間の確認や、保証対象かどうかの確認などにも使われる。
クルマのように、走行距離表示「オドメーター」のないジェットは、「アワーメーター」の数字で、現在のコンディションを確認する目安にしている。
そこで、私の疑問である。
「アワーメーターが100時間」というのは、一体、クルマなら何km走ったことになるのだろうか?
この答えは、「アワーメーターの100時間」は、「クルマの10万kmに相当する」である。
もし、自分が中古車を購入する場合、走行距離が何万kmまでなら買いますか? と聞かれたら、「5万km以内」と答える人が多いだろう。最近のクルマは性能が上がっているので10万kmでも全然平気という人もいるかもしれないが、あくまでも買うとすれば話だ。
それをジェットに置き換えると「アワーメーター50時間」ということになる。
「アワーメーター100時間」と「クルマの10万km」は本当に同じか? という質問に対し、ジェットのプロたちは全員、「そう」であって「違う」であった。
クルマの場合は、「総走行距離」が査定に大きく影響する。「総走行距離」が1万kmと、10万kmのクルマだったら、売値の相場が全然違うのだ。
実例を挙げると、3年落ちの「トヨタ・プリウス」の総走行距離が1万kmと、10万kmでは、値段の差は約100万円であった。
参考価格(カーセンサー、2020年10月8日調査)
・2018年式/走行距離1.1万km:販売価格208.9万円
・2017年式/走行距離8.9万km:販売価格99.8万円
クルマなら、「3年間ノーメンテナンス」と、「3年間、大事に使用したもの」でも、劣化の差が出にくいのだ。
クルマの買い替えの目安は、2つだ。
「13年で10万km」を基準にするケース。新車登録から13年を経過すると、自動車税が15%増税される。排気量が上がるほど、税率も上がる。
新車購入から5年経過、または走行距離10万kmを超えると、メーカー保証が切れることから、その時点で買い替えるケース。
ヤマハ、カワサキ、シードゥの各フラッグシップを、クルマと同じように3年落ちで購入する場合、「アワーメーター10時間」と、「アワーメーター100時間」では、中古艇価格の差は、せいぜい「10~15万円ぐらい」である。
クルマほど「使用時間による価格差はない」。
プロ集団に「アワーメーター」に意味がないのか?」と聞くと、「一概に、そうとは言えない」という答えが返ってきた。
ジェットの場合、日常の使い方次第で、同じ新艇を購入しても、1年経てば痛み具合が全く違うからだ。たった1年で個体差が出るのに、3年も経てば「宝物」と「ゴミ」くらいの違いが出てくる。(クルマのケースと全く違う)
3年後に、「アワーメーター10時間」と、「100時間」を比べたとき、100時間のほうが、程度が良いことはよくある話だ。
結論は、『ジェットは”アワーメーター”時間よりも、日ごろの「使い方」が、はるかに重要』である。
ジェットは、水の上を走る乗り物だ。特に海水で乗ったあとにメンテナンスを怠ると、非常に劣化する。シードゥ艇などは、手入れもせずに3年間も放置していれば、エンジンヘッドの黒い塗装が剥げてしまうし、エンジン本体も錆びだらけになってしまう。
だから、アワーメーターよりも、「オーナーから、どれだけ大事にされてきたか」のほうが、中古艇価格に大きく影響するのだ。
ならば、「アワーメーター」には意味がないのかといえば、そんなこともない。
総使用時間が150時間を超えたジェットは、ユーザーからの人気が極端に落ちて、売りにくくなるのである。
この質問に、大阪池田市のプロジェットショップ、シーゼットカンパニーの西村晋也社長が答えてくれた。
WJS ジェットには走行距離を計るオドメーターがない代わりに、アワーメーターで時間を計ります。仮に、アワーメーターが100時間の場合、クルマの走行距離で例えると何kmになるのですか?
西村 おおよそ10万kmくらいだと思います。でも、すごく大事に乗っていれば5万kmくらいです。
WJS 5万~10万kmですか? ずいぶん差がありますね。
西村 走行距離が10万kmのクルマを買う場合、ある程度、壊れることを予想して買うでしょう。でも、ジェットの場合は「大事にする人」と「そうでない人」との差がすごく大きい。クルマは、普通に乗ってさえいれば、大抵は走行距離どおりの「程度」です。
でもジェットは違います。お客様によっては、1年間で5時間くらいしか乗らない人もいます。でも、ロングツーリングが趣味のお客様は、3年で120時間ぐらい乗る人もいます。もし、この2人が3年間ジェットに乗ったら、片方は15時間、もう片方は120時間です。中古艇として売りに出た場合、同じ年式でも、15時間のジェットを買いたい人はたくさんいますが、120時間だと少し考えるかもしれません……。
WJS 確かに3年も経てば、「大事にされているジェット」と「そうでないジェット」の差はものすごく出そうですね。
西村 こればかりは、いくら定期的にショップでメンテナンスをしてもダメなんです。「乗り終わった直後に、どれだけケアできるか」です。
ウチのお客さんで、ものすごくジェットを大事に扱っている人がいます。この方は、仲間と乗りに行って朝9時にジェットを下ろし、他の人は夕方5時過ぎまで乗っているのに、その人だけ3時ごろに上げてしまいます。そこから仲間が乗り終わるまでの2時間、エンジンルームから外観まで、全部をピカピカに洗い、自前の携帯用コンプレッサーで水分を吹き飛ばす。そこまでしても、帰りに店に寄って、「洗い足りない部分がある。気になるから洗わせて」って、洗って帰ります。
その人のジェットは、3年経ってもエンジンの真下のホースクランプが少し錆びているくらいで、全てピカピカ。オイルもマメに交換しているので、こういう人の「アワーメーター100時間」は、クルマに換算すると総走行距離5万kmといって良いでしょう。
WJS そこまで大切にしているのなら、「何時間乗った」というのは関係ないのではないですか?
西村 でも、「100時間走った」という事実は変わりません。機種によっては、アワーメーターの時間によって、交換しなければならないパーツもあります。それでも、走行距離に換算したら、大事にしていないジェットに比べて消耗度は「半分」くらいです。
中古艇の査定時、「アワーメーターで何時間走っているか」は、クルマの走行距離ほど重要視されない。それより、外観やエンジンルーム内の「痛み具合」のほうを、ジェットショップの店長は良く見ている。
日ごろの洗い方やメンテナンスの違いで、同年式のジェットでも、個体差がすごく出るからだ。立場によって、「アワーメーター100時間」という概念が違うのも面白い。
プロのジェットショップ店長たちが「アワーメーター100時間」と聞いたら、頭の中で「ものすごくヤレているもの」から、「ものすごく大事にされたキレイなもの」まで、さまざまな状態のジェットを想像する。だから編集部が、「100時間ぐらいなら、全然、平気ですよね」と聞いても、慎重な答えしか返ってこない。
ショップが中古艇を販売するとき、新艇のような保証を付けられないのも、この「個体差」のせいだ。
レースマシンを数多く手掛けるコンストラクター・藤江功一氏に「アワーメーター100時間」はどれくらいの状態かを聞くと、「クルマの1万km」と明確な答えが返ってきた。「走行距離1万kmのクルマ」と聞くと、新車の時よりエンジンの調子が良さそうな気がするし、まだまだ余裕で走り続けられる気がする。これが、レジャーユーザーのジェットを扱うことが多いジェットショップの店長と、レースマシンやレンタル艇など、プロ系や業務用のジェットを扱うことが多いコンストラクターの感覚の違いなのだ。
レンタル艇なら、「アワーメーター1000時間」も実際にあるし、それだけ走っても問題ないなら、「100時間が走行距離1万km」と考えていてもおかしくない。
考えてみれば、ヤマハ、カワサキ、シードゥという、バイクや船、飛行機、潜水艦まで製造している、世界に冠たる会社が造ったエンジンなのだから、本来は「たかが1000時間」、余裕で走れないわけがない。
では、どうして「ジェットは壊れる」というイメージが先行するのか?
キチンと取り扱わないと、すぐに壊れるからである。壊れるのではなく、「壊す」のだと、ショップ店長は言う。
ユーザーにして欲しいのは、たったひとつ。「海で乗り終わったら外観も中身もキチンと洗う」。これだけだ。
海水が酸素と結合することによって錆が進行する。だから、乗り終わったらすぐに真水で洗って、塩分を取り除いてほしい。
どのメーカーのジェットでも、今のフラッグシップはエンジンルーム内に水が入りにくい構造になっている。だから、「水が入っていないから」という理由で、「中は洗わなくても大丈夫」と思っている人が相当数いるらしい。
しかし、潮風にも塩分は含まれている。「大気には塩分が含まれていることを忘れないで」と店長は言う。エンジンが空気を吸い込んだら、塩分も一緒に吸い込んでいるのだ。いくら、エンジンルームに水が入りにくい構造でも、真水で塩分を洗い流さないと錆びる。
ジェットを良いコンディションで保つため、水洗いのときには、「メーカーの規定時間以上、冷却系統に水と流さないことが大事だ。何度説明しても、規定時間以上、水を流し続ける人がいるそうだ。
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特にシードゥ艇は、90秒以上水を流し続けると、水と船体の接点部分にある「カーボンリング」というパーツが熱で変形する。その部分から、船内に水が入り込んで、最後は沈没する。
「過ぎたるは猶及ばざるが如し」という言葉も、一緒に心に刻んでおこう。
我々、ジェットユーザーができることは、ショップに聞いた説明を守り、『ジェットを洗う』ことだけだ。逆にいえば、ジェットは「洗う」だけで1000時間も平気で乗り続けることができる、非常にコスパの高い乗り物にもなりうるのだ。
Supervisor/西村晋也(シーゼットカンパニー、大阪府池田市)、鈴木雄生(スズキマリン、千葉県富津市)、佐瀬 崇(Success Speed & Graphics、神奈川県相模原市)、藤江功一(K1 Racing Service、愛知県稲沢市)、順不同、敬称略
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