ジェットスキーの世界大会　ベルギー、アメリカ、タイ　総合チャンピオン日本人獲得の快挙（2/3）

タイ陣営が「対・片野」対策に用意したのは、アメリカのスーパースター「King D」と「MacC Attack」だった

WJS　大会を見ていたら、アメリカのダスティン・ファージング選手と、クリス・マックルゲージ選手が突出して速かった。2人とも、セッツーラ選手の所属するフリーダムレーシングの招待選手ですよね？
藤江　そうですね。彼らを参戦させることで、丈一郎の順位を下げ、セッツーラ選手に逆転優勝させることが狙いだったと思います。
宣之　でも、最初から狙いは「総合チャンピオンを獲る」だったから、正直なところ、私はあの2人のことも、今大会のことも頭にはありませんでした。全体をよく見て、キチンと戦略を立てる必要があります。あれもこれもと欲しがっていては、1番大切なモノを逃してしまいます。攻め過ぎても、守り過ぎても獲れない。

WJS　丈一郎選手はどうですか？
丈一郎　本音を言えば、できればタイも獲りたかった。あわよくば、って。それにしても、ファージング選手は速かった。世界ナンバーワンのHX乗りですね。マック（マックルゲージ）選手よりも速いと思いました。

WJS　この大会前に第2戦までのポイントを見たら、仮にセッツーラ選手が勝っても、丈一郎選手が6位以内ならトリプル・クラウンが獲れる計算でした。
藤江　この「SPORTS GPクラス」は、タイ人がトリプル・クラウンの初代チャンピオンに輝くために創設されたようなものです。プロスキーやプロランナバウトクラスとは違い、1100ランナバウトとSPORTS GPはタイのお家芸といわれています。何としても、ジョーに獲らせたくなかったんでしょうね。それに、ファージング選手は、アメリカ（ワールドファイナル）で息子（デヴン選手）しか参戦していなくて勝てなかったので、悔しかったんだと思いますよ。息子のリベンジで親が出てきた。

アメリカからの招待選手、「King D」ダスティン・ファージング選手。今大会の優勝者。

ファージング選手の走り。片野選手曰く「世界最速のHXライダー」。

優勝したファージング選手も、マックルゲージ選手も、セッツーラ選手のマシンも、全て手がけたコンストラクターの中田正樹氏（写真左）と、マックルゲージ選手。

アメリカからの招待選手、「MacC Attack」クリス・マックルゲージ選手。ファージング選手とマックルゲージ選手。この2人の走りは別格だった。昔のスタンドアップで揉まれたベテランに、今の選手は敵わない。

ポイント上では片野選手が有利。でも、どこでひっくり返るか分からないのがレース

WJS　ファージング選手やマックルゲージ選手ではなく、セッツーラ選手と丈一郎選手の順位のみが重要なのですね。
宣之　今回のSPORTS GPは、全部で4ヒートあります。MOTO 1を終えた段階で、戦略を立てる必要がありました。
藤江　今大会、フリーダムレーシングから参戦する選手は、一気に6人に増えましたから。そのうち2人が、ファージング選手とマックルゲージ選手。まさに「STOP 丈一郎。GO GOセッツーラ!!」の図式ですよね。さらに、土曜日の第2ヒートスタート直後、無名のタイ人ライダーにほとんどTボーンで激突され、ジョーが吹っ飛ばされました。

WJS　ぶつかって、大丈夫だったのですか？
丈一郎　午前中のモト1は、1位がマック、2位がファージング、3位がセッツーラで4位が僕。よし、イケるぞって臨んだモト2の初っ端にぶつけられて、衝撃で半分気を失いかけました。かなり吹っ飛ばされて、マーシャル艇に引っ張られて自分のマシンに乗り込んだときは、正気ではなかったです。
藤江　正直、あの瞬間に、「終わった」と思いました。

WJS　誰がぶつかってきたのですか？
一同　（口を揃えて）分からない。
丈一郎　死角からアクセル全開でぶつかってきたので、全く分かりませんでした。まず僕の片足にぶつかって、その後、船体に斜めにぶつかっていきました。滅茶苦茶痛いので「（レースを）やめようかな」って一瞬考えたけど、シリーズポイントが欲しいので最下位でもいいと思って。ほとんど片足だけで、走っていました。レース終了と同時に、救急車に乗せられて病院に向かいました。歩けないし、足も上げられない。骨折しているかもって感じでした。

WJS　でも、結果的には、最後まで走り切ったことがタイトル獲得に繋がったわけですね。何周目でぶつけられたのですか？
丈一郎　１周目です。

WJS　1ヒート何周走るのですか？
丈一郎　10周ですね。

WJS　私は、片野選手がぶつかったところを全く見ていませんでした。藤江さんや宣之さんは見えていましたか？
藤江　逆光がきつくて、見えませんでした。
宣之　マシンが帰ってこないし、おかしいなと思って。よく見ると、ジョーの船が浮いている。マシンに乗り込むとき片足を上げているし、何か異常が起こったと認識はしていました。でも、太陽の光でよく見えなかった。レースが終わって、グリッドに戻った瞬間、タンカーに乗せられ、救急車で運ばれて病院に連れて行かれました。レントゲン検査などで骨折はしていなかったのですが、歩けないので松葉杖を借りて帰りました。その日は痛み止めの注射を打ってもらい、夜はホテルでずっとアイシングして安静にしていました。その合間に、リハビリで歩くことを繰り返し行います。翌朝、ジョーが自分でレースに出るかどうかを判断して、それに従うというのがチームと自分の考えでした。

WJS　チーム監督としても父親としても、心境的にはたまりませんね。
宣之　たまりません。何が何でも走らせて、トリプル・クラウンを獲得したい気持ちと、選手としての未来を考えると、選手生命が終わるような無理はさせられない。気持ちが交錯して、苦しかったです。

WJS　翌朝、片野選手は出場することに決めたのですね？
丈一郎　はい。MOTO 3は、トリプル・クラウンのタイトルだけに絞る気持ちで、8位か9位以内を狙いました。
藤江　このときは、正直に「無理かも」って感じでした。丈一郎の足は普通じゃないけど、ライバルのセッツーラは五体満足。彼らの思惑通り「やられた」って、全身で感じていました。
宣之　ジョーが怪我して寝ている間、ずっとポイントの計算をしていました。第2ヒートを終えた時点で、ジョーが8位。明日、セッツーラが何位だったらジョーは何位以内でないとタイトルが獲れない、みたいな計算ですね。セッツーラが1位なら、ジョーは6位以内、2位なら9位以内でフィニッシュしなければなりませんでした。