
たかがヘルメット、されどヘルメット。魂が込められたアート作品には、目に見えない“特別なオーラ”を感じる。ジェット業界を代表するヘルメットペイントの第一人者、Nagai Designs代表、長井 崇氏より、「渾身のヘルメットが出来た」と連絡があった。届いたヘルメットには「編集部で自由にお使いください」と書かれていた。
「同じデザインは2度と使わない」と公言する長井氏は、常に新しい手法を模索し、進化を続けている。
彼の新作ヘルメットは、17世紀前半、フランスで活躍した巨匠「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール」が描いた「灯火の前のマクダラのマリア」をモチーフとしている。
ナガイデザインの真骨頂ともいえるドクロ。長井氏が手掛けるさまざまなヘルメットに描かれているが、良く見るとすべてデザインが異なっている。緻密で精巧、そして大胆で自由な作風が多い。
この絵をエアブラシだけで描き切っている。 新作ヘルメットのコンセプトは、「誰も使わない配色」である。長井氏曰く「通常なら、注文が来ない“色遣い”」で描いているという。華やかなモータースポーツにおいて、普通、艶のないカラーは使われない傾向にある。まして、ベージュをベースに「刻印塗装」をすることは、まずあり得ない。
長井氏は長年にわたってジェットスポーツ界でヘルメットペイントを手掛けているが、どれほどの多くの作品を制作しても、「まだ進化したい」という情熱が衰えない。進化に近道は存在しないが、現在は「モータースポーツでは使用されない配色で描く」というチャレンジをしている。
依頼されたヘルメットなら、こんな冒険はできない。「依頼されない」からこそ、自分が進化するためのチャレンジができるのだという。
艶消しのベージュ、白、黒。たった3色だけで勝負した。高い技術に裏打ちされたきめ細かな刻印塗装技術のおかげで、シンプルな配色なのに、非常に華やかな作品となっている。
美術館で飾られていても違和感がない。それなのに、レースで戦うために使用しても似合うことが不思議だ。その理由を、西洋の騎士が着る「プレート・アーマー(板金鎧)」のように解釈している。十字軍の騎士が被った兜が、アートとして扱われても不思議はないからだ。
「マクダラのマリア」が、見守ってくれているような気がする。
エアブラシだけで肌の質感も表現する。長井氏は現在、59歳。まもなく還暦を迎える。氏にとって、このヘルメットが「還暦前の最後の作品」という。
昔から、ヘルメットに向かうときは、下書きもせずに無地の球体に向かい「気の向くまま」に描き出す。
描いているうちに何かがおぼろげに見えてくる。「行き当たりばったりで、自分でもどう仕上がるのか、最後まで分からない」と語る。
シンプルなのに上品。角度によって、表情が目まぐるしく変わるデザイン。
見るほど引き込まれていく作品。今回は、右側に「灯火の前のマクダラのマリア」を、反対側にはドクロを描いている。恐ろしく手間がかかった見事な作品である。この作品を作って、「まだまだやっていけるという自信を掴めた」と、長井氏は言う。
60歳を過ぎても夢がある人は「少年」。15歳でも、夢がなければ「老人」という誰かの言葉が好きだと話す。
暦が還り「新たな生」が始まる「永遠の少年」は、次にどんな驚きを我々に見せてくれるのか。長井氏のヘルメットアートへの情熱から生み出される作品がこれからも楽しみだ。
「最高」と呼びたい新作。しかし、長井氏にとってはこれが到達点ではない。
このデザインを見た人は、決まって凹凸部分を触る。そして、表面がツルツルなことに驚くそうだ。凹凸のひとつひとつを、丁寧にエアブラシを使ってペイントしている。ナガイデザインの新作ヘルメットには、芸術的な技がふんだんに使われている。
今年の1月、世界チャンピオンに輝いたケヴィン・ライテラー選手のヘルメット。
ブルーを基調にメタリックを駆使した。
ケビン選手は、表彰台でも長井氏のヘルメットを放さない。
「スポンサーのロゴを入れてほしい」とケヴィン選手から依頼され、そのサンプルを手渡されても、それも含めてすべてをエアブラシで手書きする。
銀箔を張り付けたように見えるが、もちろんこれもペイント。表面はつるつるである。
日本の絶対王者・砂盃肇選手のヘルメット。
デザインは、砂盃選手の愛艇、マリンメカニック製「GACO」からイメージしたと言う。
砂盃選手の愛艇「GACO」。このカラーリングからインスピレーションを得て、ヘルメットペイントを完成させた。
世界で戦う選手のヘルメットだから「日の丸」を採用。
砂盃選手のペイントでは「お姉ちゃん」を入れることがお約束。カーボン目を生かしたデザインだ。マリア様のようにも見える。
日本が世界に誇るトップライダー・砂盃肇選手。
すべてがエアブラシで描かれる。繊細かつ細かなアート作品。
マスキングテープで仮留めしながら、ダクトのカバーも絵柄が途切れないようにひとつひとつ手作業で塗っていく。
ペイントを手掛けた長井 崇氏(ナガイデザイン)のヘルメットペイントに対する思いは尋常ではない。そして、彼のペイントは仕事ではない。「出来上がりが見えているペイントはしたくない。苦労して、もがき苦しみ抜いた末に生まれる作品を、僕自身が見たいんんです」と言い切る。まもなく還暦を迎えるというが、その創造エネルギーは尽きることがない。関連記事
格好いいヘルメットのデザインって何?
ジェットスキー(水上バイク)、ヘルメットはいるの?
花形のプロスキーGPクラス 2019年 ワールドファイナル
日本人ライダー「ジェットスキーワールドカップ 2019」ダイジェスト「Pro Ski Grand Prix」
ヘルメットペイントの第一人者 ナガイデザイン代表 長井崇氏 インタビュー
ヘルメットペイントの第一人者 ナガイデザイン代表 長井崇氏 インタビュー2