つい先日、いつものゲレンデでブイをまわっているとき、エンジンが急にスムーズにふけ上がらなくなった。
プラグが被ったような感じで、違和感を覚えた。「スムーズに走るように」と願いながら、恐る恐るアクセルを握ってみる。しかし、症状は余計にひどくなり、あきらかに最高速まで遅くなったのである。
今まで、ずっと調子良く走っていたのにどうしたのだろう? エンジンルームで、何かが外れただけ? っていうか、これ、かなりおかしい症状だよな! まさか、壊れた!?
さまざまな理由が頭をよぎる。何もしていないのにスピードが上がらないことに動揺して、その場にいた仲間たちにいろいろと聞いて回った。挙句に「乗ってみて」と、上級者の仲間にお願いする。
冬のゲレンデは人が少ない。だからブイの設置やマシンの上下架は皆で協力しあう。助け合いながら練習しているときに1台が壊れると、かなり迷惑なのだ。誰も迷惑と考えてはいないだろうが「自分が原因だ」と思うと気が引ける。全く迷惑な話である。
陸上に上げると、エンジンルームの底に水が溜まっていた。
「バルクヘッド部分のゴムのブーツが劣化したのでは?」
「エンジンが不調なのは、船内に溜まった水をカップリングで巻き上げた?」
「その水をエアクリーナーから吸い込んで、エンジンにダメージを与えたのでは?」
さまざまな憶測で盛り上がるゲレンデ。しかし、どれもあまり嬉しい内容ではない。そして「これ以上乗らないほうが良い」ことだけは理解できた。
いつもお世話になっているジェットショップ、55Heavenの加藤店長に泣きつき、状況を説明してジェットを診てもらうことにした。状況を察した加藤店長は、「故障原因と故障箇所を確認しましょう」と言ってくれた。
ジェットの故障は、人の病気と同じである。「どこか悪いのか」と「症状」が分からなければ治療できない。
まず船内に水が入った理由を調べることから始める。「エンジンルームに水を溜めて」と店長は言った。
我々が推測していた可能性の一つ、「バルクヘッド部分のゴムのブーツが劣化した」のであれば、溜まった水がそこから漏れるはずだ。しかし、水はエンジンルームに溜まったままだった。ハルに穴が空いていても水は漏れるはずだが、それもない。
次に調べるのは「冷却ライン」だ。ホースに異常がある場合、そこからエンジンルームに水が溜まることになる。
そこで、溜まっていた水をドレンから抜く。エンジンを始動して、冷却ラインから水道水を注入してみたが、そこでも異常は見つからなかった。
「ビルジのホース」を繋いだ加藤店長から、「これで“大丈夫”だと思う」「今から、プラグが生きているかどうかを確認する」「問題なければ乗ってきて!」と言われた。乗って確認しないと“直ったのか分からない”からだ。
しかし、理解が出来ないのは、なぜ「ビルジのホース抜け」でエンジンが吹け上がらなくなったのかである。
エンジンを掛けて走り出すが、やっぱり何か変だ。どんどん“振動がひどく”なるし、カブッてる感覚でエンジンが吹け上がらない。
「まだ直っていない」と感じたが夕暮れも近い。皆と一緒に、あと片付けするほうが先だ。
まだジェットが不調なことにガックリと肩を落とし、加藤店長に状況を説明した。それを聞いた店長は、「プラグを全部、新品と換えよう」と言った。
先ほど火花が飛んだことは確認済みだが、「プラグが不調であれば振動が出る」というのだ。火花が飛んだり飛ばなかったりすることで、スムーズにエンジンが動かないせいだと教えてくれた。
修理してもらい、キチンと直ったか確認するには、再び走らせるしかない。
もしかしたら、自分のマシンはダメなのかも……と、思いながらエンジンを掛けて走り出した。
水面は、冬の夕暮れ前のドベタの平水。今までの不調がウソのようだ。「バキューン!」と、何とも言えない絶好調の走り。自分が一番驚いた。
振動は全くない。体で感じるマシンの挙動は絶好調! 頭が“変”になりそうだ。なんでこんなに違うんだ? 一体、今までの不調は何だったんだ!?
今回の不調を、時系列で追ってみるとこうなった。
① ビルジのホースが外れて、エンジンルーム内に水が逆流して入り込んだ。
② それをエアクリーナーが吸い込み、水分がエンジンに入ってしまった。
③ そのせいでプラグが不調を起こし、エンジンに違和感を覚えた。
④ ホースを嵌め直し、プラグが生きているかを確認して走らせたが不調は直らなかった。
⑤ 全てのプラグを新品に交換したら完治した。
世のショップ店長は、お客さんからの「ちょっと見て!」が嫌だという話を以前、紹介した。これはまさに、今日の私のケースである。
仕事中にイキナリ現れ、世界で一番不幸そうな顔をして「ちょっと見て!」と叫ぶヤツのことである。
客からしてみれば、ジェットの不調は「何も悪いことをしていない善良な私に、突然降り注いだ災難」である。
しかし、泣きつく先も、直すのも店長である。喚いている私は見ているだけだ。
店長からしてみれば、今やっている作業を止めて、「問答無用で、私のジェットを修理しろ」と言われているのと同じである。不幸なのは、客ではなく店長のほうだ。
今日の私は、店長を巻き込み、さんざん大騒ぎした挙句、修理の内容は「ビルジホースの外れとプラグの交換」だけである。
エンジンを降ろして、何らかの作業をすれば工賃も含めて”商売”になるのかもしれない。しかし、何度も付き合わされ、大騒ぎした末が「プラグ交換だけ」だったら、いくらの金額が請求できるのか? とてもじゃないが、割に合わない。
世のジェットユーザーの皆さま、常日頃から、自分の良く行くショップの店長には”優しく”しておいたほうが良いですよ。困ったときには彼しか頼る人がいないのだから。
プラグの交換でも修理は修理。プロに診てもらわないと、まともに走らないことを身に沁みて痛感した。
初めから、故障の原因が分かっていたら、誰も苦労なんてしない。ジェットの場合、故障の原因を見つけるのが大変なのだ。それは壊れる要素が多いからである。
今日のケースで言うと、「ビルジホースの外れ」は故障なのかもしれないが、「プラグ」に関しては「整備不良」と言われるべきだ。プラグは消耗品なのに1年以上も交換していない。だから、不調の理由は「ビルジホースの外れより、プラグの寿命」であったのかもしれない。いずれにせよ「分からないから故障」なのだ。
どんな些細な理由であれ、ジェットに乗りに来てマシンが不調だと、途轍もなく不運な気持ちを味わうことになる。この理不尽な気分は、「故障理由が分かって、完治する」まで永遠に続く。店長に泣きついて復活するまでの約2時間、私はかなり不幸な男であった。しかし、それ以上に不幸なのは、私の大騒ぎに付き合わされた店長である……。
店長、本日は大変申し訳ありませんでした。そして、いつもありがとうございます。