1976年の富士スピードウェイで開催されたF1世界選手権で、日本で初めて国産のF1マシンが走った。それを造ったのは「コジマエンジニアリング」という会社であり、その代表が小嶋松久氏である。
後に小嶋氏は、パワーボートの世界で頭角を現し、現在は日本パワーボート協会の会長を務めている。連載第3回目(日本パワーボート協会物語 Ver.3 日本人で初めてF1マシンを作った男・小嶋松久氏)の記事を掲載した際、「F1参戦時の話をもっと聞きたい」という読者の皆様からの声を多数いただいた。
今回、アナザーストーリーとして、F1時代のお話を小嶋会長に伺った第3回目。
F1時代の話は、ひとまず今回で終わりだが、日本のモータースポーツ史に残る逸話の当事者しか語れない内容がとても面白い。
WJS 前回はマシンの作り方について伺いましたが、ポールポジションが取れるだけのコースレコードを出しているわけですから、初参加でとてもポテンシャルの高いマシンを造られたわけですよね。
小嶋 その当時、ロータスと同じくらいのラップが出ているね。ウチらは、いきなりラップタイムは出るけど、あとなんぼアタックしても同じなんですよ。戦力もドライバーも、「このコースが分からんから、アタックしないといかん」っていうのと違う。目をつぶっても走れるくらい、あのコースを知ってるから。
逆に言うと、3ラップ、4ラップ走ってベストタイムが出なかったら、その仕様ではタイムはでない。「違うタイヤを付けよう」「違うギアレーションで、トライしようか」となる。「今日の風は逆だから、今日は逆立ちしても出ない。無理しないで明日もう1回アタックしよう」とか、チームの作戦が立てられる。
WJS 例えば、富士スピードウェイの場合、タイムを出す人の走り方と、ベストなコース取りというのは、全部決まっているんですか?
小嶋 もちろん、世界を走っているナンバーワンのドライバーっていうのは、よほどモナコみたいな特殊なコースでない限り、サーキットって言われるようなコースは、3~4周でマスターしよるね。それは、ズバ抜けてる。
ケケ・ロドリゲスっていうのは、前の年、富士スピードウェイのフォーミュラー1を見たことがない。だけど、(エマーソン・)フィッティパルディとか、ナンバーワンのドライバーと全く同じコース取りをする。それはもう、びっくりしたね。日本のサーキットしか知らない日本のドライバーの日本ナンバーワンっていうのと、ケタが違った。
WJS コース取りって、そんなにすぐに分かるものなのですか?
小嶋 例えば、富士スピードウェイの下のヘアピン回って、何mでも早く踏み込めると、当然、外に行く。そしたら、パドックから合流する、救急車が出るコースがあるんですよ。そこにハミ出て行って、それを利用してそのまま加速付けて、そのまま最終コーナーへ。昔はシケインがなかったから、そのまま下りを利用して思い切り加速していく。
3周、4周目くらいから、ケケはそのコースを取り出しよった。皆、びっくりしたね。「こいつはフォーミュラー2のチャンピオンだけど、近いうちに世界チャンピオンになるな」と思ったね。
マシンの性能をよくするのは、ものすごくお金がかかるけど、いい選手というのは、ある程度の金で収まる。技術を上げたい、マシン性能を上げたいっていうのは、お金をナンボつぎ込んでも、上がるか上がらないか、上がる保証は何もない。また、ひとつ成功したら、必ずその副作用が次に出てくる。
WJS 今の時代もそうですか?
小嶋 今でも、それはそうです。「わー、マシンが良くなったな」って喜んでたら、良くなった分だけ、他に負担がかかる。例えば、ボートでいえば、ものすごく水を掴むいいプロペラができたと喜んでたら、ドライブシャフトが千切れたとか、エンジンマウントがすぐに緩むとか、必ず次の問題が出てくる。これを頑丈にするためには、これとこれを補強しようかと、駆動関係は全てグレードアップしてくことになる。甘くないよね。
WJS マシンをランクアップされるのはかなり大変だけれど、速いライダーを起用すれば勝率にかなり影響するということですか?
小嶋 マシンをつぶされる率が少ない。チェンジアップ、チェンジダウンのミス、イコールエンジンがブローする。勝率がいいってことは、クラッシュもない。エンジンもつぶさない。これは、テストのときからそうで、テストで潰されるのが一番困るわけです。
WJS マシンかライダーかといったら、ライダーのほうが重要なのですね?
小嶋 やっぱり、肝心なのはライダー。メニューを確実にこなせる人。
このフロントカウルを付けて走ろう。それで3ラップ走って帰ってきたら、次はこれにしよう。これを今度10cm長く付けるのと、10cm前に付けるのと、長いのと短いのとどっちがいいかって、いろんなテストをやらないといけない。1時間のサーキットの専有時間内で、これとこれをトライしたい。それをするのに、取り付けの時間がこれくらいかかる。それなら午前中はこれをやって、時間のかかるやつは昼飯のときにやって、午後の時間にそのトライをやろうって、最初に決めておくわけですよ。
それが、「いやー、今、滑ってちょっとラップが出なかったんです」とか、「途中でぶつかったんですよ」と言うドライバーだったら、自分らのメニューをこなせないでしょ。スケジュール通りのメニューをこなしてくれるドライバーがいい。
「レーシングドライバー」と、「テストを正確に把握してくれて、報告してくれるドライバー」とは違う。長いことやってたら、いろんな選手がいますよね。こいつは、レースは今ひとつやけど、ちゃんといい評価してくれるなとか。
WJS マシンのポテンシャルを上げるには、ちゃんとそういう報告ができるドライバーがいいわけですね?
小嶋 線繋いだら、日本の研究所でパッと見られて、コーナーを脱出したときのスピードがなんぼ、回転がなんぼ、こいつよりこいつのほうがやっぱり速いなとかね。データでドライバーの評価が正確に出る。だから、ドライバーかわいそうやね。人一倍、練習はしないといけない。乗らないかんね。
WJS 富士スピードウェイの大会に2回参戦して、それ以降は、F1から撤退されましたよね。
小嶋 2年目の富士のレースでスタートしていきなり死亡事故が起きて、主催者が「来年はもうやめます」っていうんで、ウチにしたらもうやることもない。日本で勝ってないのに世界に行くっていうのも問題がある。
もし海外で出るんだったら、単発で北米とブラジルとアルゼンチンの3レースだけでも1回行ってみようかっていうのもあったけど、まだそんなに完成度が高くないし、タイヤの問題があった。
どうしようかなって言ってるときに、スーパーカーのブームが流れてきて、それで、3年くらいスーパーカーをやったかな。鈴鹿サーキットでレースとか、北海道から九州まで全国で展示とかね。
WJS 40代後半以上の方はよく覚えていると思いますが、日本で、ものすごいスーパーカーブームが起きましたよね。
小嶋 実際、自動車をやって儲かったことはないけども、スーパーカーはちょっとくらい儲かったね(笑)。
WJS 変な質問ですが、F1に参戦するには、そんなにお金がかからないのですか?
小嶋 専門的な部品はサポートしてもらって、いろんなアドバイスもデータも取らせてもらっても、やっぱり桁違いにはお金がかかる。
ウチだったら、ウチが10人から連れて、サーキットに行って、1時間30万円くらいの専有費を払う。午前中2時間、午後2時間、それだけでも30万円×4時間分の専有代を払わないといけないわけでしょ。あと、メカニックなどのホテル代、飯代、それは全部かかりますよね。
WJS 最後に、『コジマエンジニアリング』という、メーカーでもないイチ企業がF1に参戦できたのですか?
小嶋 あの当時だからできたんやね。同じようにタイヤが4つ付いて、エンジン付いて、同じようなレイアウトだから、それなりの馬力に応じた強度、それからドライバー、まわりの部品を供給してくれるバックアップ態勢、そのへんの条件が整えば、勝ちにはかかれる。
WJS 本来は、F1は3年間開催されるはずが、事故が起きて2年で中止になってしまいました。今さらながら、3回やりたかったですね。
小嶋 せやね。でも、自分が実際に触らなくて、オーナーとして眺めてるだけの『魅力』だったら、もっと早いとこやめてたやろね。恐らく。
材料を買って、加工して、1カ月それに没頭してました、となったら、もちろんお金はかかる……。かかるけども、それ以上に『魅力』があるから続けているんやろうね。