毎年、度肝を抜くスーパートリックが見られるフリースタイルクラス。土曜日の昼間に第1ヒート、夜に行われるナイトショー(第2ヒート)、そして日曜日の昼間に行われる第3ヒートと、3ヒートの結果でタイトルが争われる。注目はなんといっても、フリースタイル界の絶対王者、イギリスのリー・ストーン選手である。一昨年にダブルバックフリップ、昨年はダブルバレルロールと、前人未到のニュートリックを披露。フリースタイルをさらに高みへと進化させ続けている。今年も、何か新しいトリックを見せてくれるのではないかと、大会前から期待してしまう選手である。
他にも、注目すべき選手は多い。日本の山本汰司選手はその筆頭だ。毎回、リー選手に負けず劣らず、完成度の高い演技を見せて表彰台に上がっている。その実力は、いつ世界タイトルを獲得してもおかしくないほどである。さらに、世界タイトルホルダーであるアメリカのマーク・ゴメス選手も、安定した演技で観客を魅了してくれる。
フリースタイルのスーパースターたちがどんなパフォーマンスを見せたか、今から報告する。
順位 | ライダー名(国名) |
---|---|
1位 | LEE STONE(UK) |
2位 | MARK GOMEZ(USA) |
3位 | 山本汰司(JAPAN) |
4位 | Gabe Jukish |
5位 | 岡本輝正(JAPAN) |
ワールドファイナルのプロフリースタイルクラスとは、世界最強のフリースタイラーを決める唯一の場所である。これ以外の大会で勝利しても、世界最高の称号は得られない。
今年のフリースタイルクラスは、例年以上の盛り上がりを見せた。ギャラリーにとっては、「フリースタイルの当たり年」と言っても過言ではなかった。理由は、「参加することに意義がある」的な選手がいなかったからだ。結果として、下位に甘んじた選手であっても、「こういうものを見せたい」という信念が感じられた。
最近のフリースタイルの傾向として、マシンの進化に伴い、比較的短期間で驚くほどのビッグトリックを披露する選手が増えている。今大会も、昨年までジュニアクラスに出場していた13歳の少年、Gabe Jukish(ゲイブ・ジュキッシュ)選手が総合4位に入賞した。彼は、2分間ずっと止まらずに技を繰り出す。土曜日の夜に行われたMOTO 2(ナイトショー)では、40連続コンボをやってのけた。
また、最終日に2位になったElijah Kemnitz(イライジャ・ケムニッツ)選手は、日本の植木將夫選手のオリジナルトリック「バックライドバックフリップ」を完璧に決めて見せた。このときの観客の沸き方は、「誰かがトリプルバックフリップをやってのけたのか」というくらいの歓声だった。観客は、人と違う技が見たいという証拠でもあった。
そして、日本の山本汰司選手が世界初の大技を成功させた。山本選手は、世界中の観客に「いつ世界チャンピオンになってもおかしくない選手」という認識を得ている。王者リー・ストーン選手がミスをしたら、彼が世界チャンピオンになるだろうと、アメリカのオーディエンスは当たり前のように感じている。
アメリカのオーディエンスも、山本選手のことを知っており、その演技を非常に楽しみにしてくれている。笑顔で登場するだけで、会場が沸くのがその証拠だ。
MOTO 1の山本選手は、オーディエンスのつかみも完璧だった。笑顔で観客の前を一度通り過ぎ、振り返った瞬間、真面目な顔で競技に入った。完璧な高さのエアリアルを連発し、「どうだ」と言わんばかりに観客へアピール。その反応を確認した直後、ファイブフォーティーからいきなりダブルバックフリップを成功させた。公式の大会で、ルーティンの途中でダブルバックフリップを成功させた選手は、今まで1人もいない。まさに世界初の大技が決まった瞬間だった。演技が終わっても、会場はざわついていた。
MOTO 2は、場所をロンドンブリッジの前に移動し、夜に「ナイトショー」として行われる。この光景に、いつも感動する。日本では、日没前までしかジェットに乗れないから、夜に練習することができない。もちろん冷静さもあるのだろうが、山本選手が根性で飛んでいるような気がする。果敢にダブルバックフリップにチャレンジし、完璧に成功させたのも素晴らしい。このラウンドも、山本選手の演技にギャラリーは沸きに沸いた。
競技終了後、山本選手が顎の付近を押さえているのが気になった。後で聞いてみると、「ダブルバックフリップのときに強打して、唇の下を切った」という。そのまま病院に行き、7針も縫ったと聞いて驚いた。競技の間、審査員も含め、恐らく誰もそのことに気が付いていなかった。山本選手がミスしたことが分かったのは、監督の渡部氏くらいだろう。
チーム一丸で、「世界チャンピオンに」という気持ちで臨んだMOTO 3。しかし、ファーストトリックでダブルバックフリップにチャレンジし、着水で失敗してしまう。今年、国内戦とアメリカで10回以上は山本選手のダブルバックフリップを見ているが、こんな失敗は初めてだった。
その後、失敗を取り返すように連続コンボを決めるが、再度、ダブルバックフリップにチャレンジして失敗してしまう。これで、今年の山本選手のワールドファイナルは終了となった。
「手が届くところに“世界チャンピオン”があった。手は伸ばしたが、肝心の足元を見ていなかった。確実に足元を見てから手を伸ばさなければ……」と、師匠である渡部氏に言われたという。
マーク・ゴメス選手は、フリーライドの第一人者でもある。とにかく彼は上手い。演技を見ていると、「本当に上手い」と何度もつぶやいてしまう。ミスがないのも特徴である。リー・ストーン選手と山本汰司選手がビッグエアーのダブル技で張り合っているなか、ゴメス選手だけは、自分のオリジナル路線を貫いて観客を沸かせるのだ。
山本選手の後が、リー選手の出走である。「完全な世界チャンピオン」も、山本選手の素晴らしい演技を見た後では、少なからず動揺が見られるのでは? と思っていたが、全く動じる気配もない。むしろ、「山本選手の演技は素晴らしかったでしょ。でも、もっと素敵な演技を、皆さまにお見せましょう」と言わんばかりの立ち居振る舞いでスタートした。これが、王者の余裕? 貫禄? いずれにせよ、オーディエンスはリー選手の一挙手一投足に釘付けになった。
ファーストトリックは、ダブルバックフリップ。当然のように、完璧に決めて見せた。そして、セカンドトリックはなんとダブルバレルロールを決めた。非常に難易度の高いダブル技を2連続で見せたのは世界初である。観客は、リー選手の演技に酔いしれた、あっという間の2分間だった。
MOTO 2は、MOTO 1の成績の低い順からスタートする。MOTO 1は山本選手が2位で、リー選手が1位だった。必然的に、山本選手の直後の出走となる。山本選手は、MOTO 2でも観客を大いに沸かせていた。しかし、その直後に登場したリー選手は、このヒートでも全く動じない。むしろ「待たせたな、主役の登場だ」と、圧倒的な演技で観客を驚かせた。
それにしても、暗闇でダブルバックフリップをするリー選手も、山本選手も見事である。両者の唯一の違いは、リー選手は、傷一つないキレイな顔のままでMOTO 2を終了したことだろう……。
MOTO 3は、リー選手にしては珍しく、少し精彩を欠いた演技に見えた。リー選手のマシンチューナーの1人である本田幸夫氏が後から教えてくれたのが、水曜日にピストンが割れたので交換したら、本来のポテンシャルが全く出なくなってしまったという。ファーストトリック、セカンドトリックくらいまでは、何とかパワーが発揮できるが、それ以後、熱ダレのような症状が出て、いきなりパワーダウンするのだ。「多分、見ている人もファーストトリックと中盤以降の演技では、マシンの走りの差に気づくはずだ」と言うくらい、マシンが走っていなかった。リー陣営の救いは、序盤だけはパワーが保てること、レイクハバスは砂漠なので、夜、気温も水温も下がるからマシンが走ることだった。だから、MOTO 2のナイトショーでは、マシンのパワーロスがない状態で演技ができたのだ。
迎えた最終のMOTO 3。前日のナイトショーでトップだったリー選手は、出走順が最後となる。ヒート前、「山本選手がこういう技を出してきたら、我々はこう対処しよう」と、山本選手の演技を見てどのような演技にするか、数パターンの戦略が考えられたという。マシンが本調子でないだけに、確実に勝ちにいくための作戦が練られていたのである。
もし、リー選手より先に演技をしたライバル・山本選手が完璧な演技をしていれば、かなりプレッシャーがかかっただろう。しかし、このヒートで山本選手がミスをしたため、リー陣営では、無理をせずに勝てるルーティンでいくことにした。リー選手の演技がスタート。確実な演技で勝つはずが、なぜか最初から逆に飛んでしまうグダグダの始まりとなった。それが、最後まで修正できなかったという。ライバルの素晴らしい演技を、それよりも素晴らしい演技で負かして勝つという気迫が、素晴らしいルーティンを生むのだと知った。
もしマシンが本調子であれば、今大会で出そうとしていたニュートリックが2つあった。しかし、それを全く見せずにチャンピオンになれたラッキーな大会だったと思っているという。
本来のマシンパワーが戻りさえすれば、誰も見たことがないニュートリックを2つ見られたのだ。そう言われてしまうと、来年のこの大会に否が応でも期待が高まる。
オーディエンスは、毎年、フリースタイルの進化に驚かされ続けている。これは、マシンの急激な発達と、選手の努力の賜物だ。
フリースタイルという競技の性質上、「見ている者、つまりギャラリーや審査員を楽しませた選手」が勝者となる。しかし、基本的にこの場所までやって来るのは、目の肥えたオーディエンスばかりだ。しかも、彼らの目当てはレースである。レースを見に来ているギャラリーの心を奪うには、相当、ハイレベルな演技が要求される。そこで、大喝采を浴びるのは、並大抵のことではない。
だから、フリースタイラーにとって、この大会こそが「世界ナンバーワンと称えられるのに、最もふさわしい場所」である。世界のフリースタイラーたちは、この大会に照準を絞り、とてつもない努力を重ねてやって来る。彼らの1年間の集大成がここなのだ。
もし、あなたがフリースタイルフリークなら、間違いなくこの大会を見るべきだし、見に来るべきだ。現代のフリースタイルはすごいということが、世界で一番分かる場所である。
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昨年に続いて、2回目の出場となる岡本輝正選手。国内では、山本汰司選手と優勝争いを繰り広げた実力者だが、この会場では、出場2回目の新人選手でしかない。
今年の岡本選手の演技は、全体的には悪くなかったがミスが目立ってしまった。MOTO 1のファーストトリック、セカンドトリックで、完成度の高さをオーディエンスに見せつけた瞬間、観客は岡本選手のレベルの高さに食いついた。だからこそ、細かなミスがものすごく目立ってしまうのだ。安易なミスが、減点の対象になりやすい。この場所は、審査員がアラを探す場所でもある。攻めている者同士のジャッジをする側からすれば、ミスほど分かりやすい減点はない。
岡本選手は、ダブルバックフリップを始め、山本選手と同じ技がほとんどできる。だからこそ、逆に始末が悪い。MOTO 3では、精神的にも肉体的にも追い込まれた状態で、ルーティンの途中でダブルバックフリップにチャレンジし、失敗した。渡部氏が冷静に「今の状況では、ダブルバックフリップはやめた方がいい」と助言しても、岡本選手はチャレンジしないと気が済まない性格なのだ。
今大会、岡本選手は総合5位だが、MOTO 1で8位、MOTO 2で5位、MOTO 3で4位だった。しかし、注目すべきは最も目立つミスを犯したヒートはMOTO 3だったのだ。オーディエンスも審査員も、回を追うごとに岡本選手の能力を認めたといえるジャッジだった。だからこそ、今後、技の完成度を高めてもらうことに期待したい。来年が楽しみだ。
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